おっさん、依頼する
「はっはっは。
しかしまあ盗賊ギルド傘下の直営店で不貞行為に及ぼうとするなんて、どんだけの阿呆か剛の者かと思いきや……まさかお前とはな、ガリウス!」
禿頭を愉快そうに撫でまわしながら俺の前に立つ皮鎧の男は爆笑する。
思わず反論しようとする俺だったが――客観的に見た場合、奴の言う内容は適切である。なので抗議がてら差し出された酒杯を呷り、腹いせ交じりに叩き付ける。
「ふん、相変わらず美味い酒だ」
「おっ分かるか?」
「ボルト―地方の20年物。
ただし一度栓を開けてから閉じ直しただろ?
酒を惜しみながら飲むお前の癖が出てるよ」
「そこまで理解しちまうのはアンタだけだよ。
流石はガリウス、唎酒の異名は健在だな」
「そんな恥ずかしい異名で俺を呼ぶな」
「はっはっは。
すぐ拗ねるところも変わってないようだ」
溜息と共に酒を飲み干す俺に新しくワインを注ぎながら男は再度笑う。
俺の隣でチビリチビリ果実酒を舐めながら話を聞いていたシアだったが、親し気な俺達のやり取りに不思議そうに尋ねてくる。
「おっさん……知り合い?」
「ああ、腐れ縁というか何というか」
「おいおいガリウス。
水臭いな~腐れ縁は無いだろう?」
「黙れマウザー。
お前とは同じ日に冒険者登録しただけの仲だ。
都合よく偶に使われるだけの関係だった筈だ」
「いつも儲け話を持ち掛けてやったじゃないか」
「そのせいで何度死に掛けた?
そしてお前は何度逃走した?」
「いや~齢のせいか昔の事は忘れちまってな。
まあここはひとつ、再会の祝いといこう」
愛嬌のある媚び笑いに何とも言えなくなる。
この男の名はマウザー。
昔から腐れ縁というか――トラブル繋がりでよく絡んで来る輩だ。
ここ数年随分と大人しく姿を見せないと思ったら、まさか精霊都市の盗賊ギルド支部長にまで成り上がっているとは。
新しく注がれたワインを口の中で転がしながら、俺はマウザーが出てきた先程の事を思い返す。
あの更衣室事件の後、女性店員に連れられ別室で事情聴取を受けた。
どうにか弁明を信じてもらえたものの、紛らわしい事はしないで下さい! と、たっぷりと灸を据えられてしまった。
彼女に指摘されるまでもなく、よくよく考えてみたら、俺じゃなく店員を呼んで事情を説明して対処をお願いすれば良かったのだ。
戦闘ではクレバーな俺とシアだが、こういったとこが根本的に抜けているな。
女性店員の有難い説教を受けてると――
「――本当か、不貞行為ってのは?
どんな馬鹿だか顔を見てやるか……って、ガリウス!?
お前――なんでここに?」
と入ってきたのがマウザーである。
女性店員からこれまでの簡単な説明を受け、ひとしきり爆笑した後に「俺の部屋に来い」と隠し扉から案内されたのが盗賊ギルドの支部長室である。
そこで再会の酒を振る舞われ冒頭に繋がる訳だ。
「それで――用件はなんだ?」
「うん?」
「冒険者ギルドからの紹介状もある事だし、何か用事があったんだろう?」
「――ああ。
調べてもらいたい件があってな」
「金次第だな」
「まだ何も言ってないぞ」
「内容に寄るさ。
それで――何を調べる?」
「魔神共について」
「おいおい――
そいつはお前達<気紛れ明星>が斃しちまったろう?
あのおっかねーお前の師匠、神仙の姐さんの協力もあって」
数時間前に起きた出来事なのに、そこまで把握してるのか。
さすがは盗賊ギルド――情報の重要性を理解している。
いくら親しい仲とはいえ、こういった面に関してはギルド員は侮れない。
必要とあればマウザーは俺の情報すら売り捌くだろう。
「いや――
俺が調べてほしい事はそれとは違う」
「何だ?」
「ここの防諜は?
信用できるレベルか?」
「仮にも支部長室だぞ?
朝夕のクリーニングに加え、週ごとの魔導防御も施行している」
「そうか――
ならば話しても大丈夫だな。
マウザー……心して聞いてくれ」
「な、なんだ改まって?」
「この精霊都市――迷宮都市には、もう一体魔神が潜む。
ヘタをすれば師匠でも後れを取る程の上位魔将クラスの魔神がな。
ギルドに依頼したいのは唯一つ――
そいつの居場所を探して貰いたい。
戦うのは――俺達の仕事だから」
いつになく気迫を込めた俺の依頼に対し――
マウザーは顔を白くさせながらもコクコク頷き承諾を返すのだった。




