おっさん、降伏する
「じゃあ――いくぞ?」
「うん、きて……」
緊張に震える指で苦心しながらジッパーを手にして問い掛ける俺に、何故か頬を染めながら答えるシア。
眼と眼があった瞬間、恥じらいながら瞳を伏せる。
荒く切なげな溜息が時折シアの口元から零れ、俺の理性を刺激する。
――何故だろう?
チャックを締めるという行為が――途轍もなくハードル高く感じるのは。
こうしているだけで精神的な耐久値がゴリゴリ削られている気さえする
ただこのまま立ち尽くす訳にはいかないだろう(何せ個室に二人きりだ)。
俺はゆっくりと焦らずにジッパーを引き上げに掛かったのだが……
「――んっ」
「嘘だろ!?」
一定以上、上昇したところでチャックは停滞してしまった。
服を下から押し上げる暴力的な質量によって。
普段は意識などしないが――
防具が外れると、これほど凶悪なものが露わになるとは想定外だ。
豊満過ぎる胸部装甲に鋼の様な指先でも対抗できない。
だが俺も未熟な新兵ではない。
正攻法が駄目――ならば角度を変えて攻めるのみ!
「これで――どうだ!」
「あっ」
体勢を変え前傾になる。
より深く上げやすいよう左手を壁に付き、シアに密着する。
グイグイとリズミカルに上下し、噛み込んだチャックの開放を図る。
その度に目の前で揺れる、質量を持った残像は無視する。
「ちょ、おっさん――
先端が擦れてちょっとヤバ――」
「我慢しろ、シア!
もう少しで――よし、抜けた!」
全身全霊を指先に宿した俺には敵はない。
頑固な抵抗を破り遂にチャックが勢い良く滑り出し、ジッパーが突き抜ける。
そこまでいって俺は遅まきながら気付く。
胸元のチャックが外れるという事。
考えるまでもない、これは即ち――
「んきゃっ!」
「うおっ!」
シアの胸が曝け出されるという事である。
弾けた様に開放する衣服――俺は慌てて左右に分かれるその末端を捉える。
伊達に師匠に鍛えられた訳じゃない。
高速の抜き手は無事服を捕獲する事に成功した。
ふう……危ない所だった。
未だ激しい自己主張を続ける暴れん坊だが、何とか全てを出さずに済んだ。
その際にちらっと見えた桜色の何かはきっと幻に違いない。
微かな満足感を以てシアを見る。
「お、おっさん……」
そしてシアの驚く表情と対面し自分の迂闊さを知る。
左手をシアの頭脇、右手は顎に程近い胸元。
これは以前メイアが熱く語っていた「壁ダアン!」ってヤツじゃないないか?
「す、すまん……」
慌てて身を遠ざけようとする俺。
避けようとするその背が――抱き着いてきたシアの手によって止められる。
「し、シア!?」
「いいよ、おっさん……」
覚悟を決めた様に閉眼し顔をそっと上げるシア。
いいって何が!?
いったい何を覚悟決めちゃってるんだ、シア!?
激しく動揺しながら内心ツッコミを入れるも――身体は磁力に引かれる様にシアへと惹き寄せられる。
いかん!
り、理性と身体が別個の存在みたいになっている!?
懸命に抗う俺だったが形の良いシアの唇が視線を捉えて離さない。
ゆっくりであるが確実に重なろうとしたその時――
「お客様――
サイズの方はいかがでございましょう?」
「あっ」
「えうっ」
シャーっというカーテンの音と共に営業スマイルの女性店員が顔を覗かせた。
そして俺達の姿を見て――笑顔のまま硬直する。
本来一人しか使用できない個室に男女。
しかも抱き合っているだけでなく女性の方は半裸。
この状況で無実を勝ち取れる弁護官がいたら、法廷では無敵に違いない。
「こ、これはですね……」
「――お客様?
事情を……ええ、しっかりとお話を聞かせ願えますか?」
「はい……了解です(トホホ)」
菩薩の貌にコーティングされた怒りの相を垣間覗かせる女性店員さんに、俺は成す術もなく全面降伏の白旗を上げるのだった。
いかがだったでしょうか?
良い所で邪魔が入るのは鉄板ですね。
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