おっさん、自覚する
「もし私が不自由で――生きていない状態になったら――
お前が、お前の手で――斬り捨てておくれ」
真剣に見つめながら語り掛けてくる師匠。
俺は葛藤の後――選び抜いたその答えを口にする。
「出来ません、俺には……
師匠を――師匠を手に掛けるなんて」
「馬鹿か、お前は」
我ながら苦渋の末の答えだったが――
返ってきたのは呆れたような師匠の、容赦ない鉄拳だった。
いってえ~~~いきなり何するんだ、この人。
今のは結構良い事言ったつもりなのに。
「いたっ!
な、何をするんですか、師匠!
ここは愛弟子からの敬意に、普通は感極まるところでしょう!?」
「私の言葉をそのまま額面通りに受け取る馬鹿が何処にいる。
正直なのは確かに美徳だろう。
だが、厳しい世界を生きる為には常に学ばなくてはならない。
今の台詞に隠された真意を見い出せ」
「え? つまりそれは――」
「だからお前は馬鹿弟子なのだ、ガリウス。
私が授けた魔現刃、その本質を忘れたか?」
「魔力を……望むままに刃にする事?」
「そうだ。
まあ才能の無いお前では基本属性しか――しかもスキルを用いた疑似的な刃しか為せない。しかし精霊使いたる私が協力すればもっと違う事が出来る。
例えば――何かしらの支配系下にある私を解き放つ刃の顕現、とかな。
魔現刃をただ習得しただけの者と、自在に扱える者の違いはそこだ。
己が魂を刃にする事――それこそが基礎にして奥義。
よって窮地の際は全身全霊を以て私を救え、馬鹿弟子よ」
「――ああ、そういう。
真剣に悩んだ俺が確かに馬鹿でしたね……はい」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、ちっとも!」
「ふむ。ならばいいが……
なので覚えておけ、ガリウス。
私がお前と相対しお前の手で斬り捨てておくれと頼んだら――
そこから先は以前に教えた剣の構えによる秘匿暗号と言葉頭で語るぞ」
刹那に甦る、過去の記憶。
隣でスッキリした顔で柔軟をし始める師匠を横目に、俺は先程からのやり取りを思い返す。
師匠が何かしらの精神呪縛をされているという事はすぐに察知出来た。
でなければ、誰があの傲岸不遜で唯我独尊な師匠を好きに出来るというのだ。
そこで探りを入れる。
案の定、師匠は俺の会話に乗ってきた。
精神支配に限らず呪縛系の難しさに行動抑制は可能だが言語支配はしづらい、という事が上げられる。
言葉は生きた精神活動の賜物だ。
無理に縛りを入れた場合、その存在の個性を損ね……最悪、命を落とす。
個性はその対象を形作る大切な要因だからだ。
例え隷属されていようが人格は損ねないというのが一般的である。
勿論、奴隷は欲しい場合は別だろうが。
よって幾分か賭けの要素があったものの――
師匠から例のキーワードを聞き出す事に成功した。
ここから先は腐っても阿吽の呼吸。
20年近い月日が経とうとも、共に過ごした日々は(主に鉄拳的に)忘れない。
監視されてる事を予期し剣の構えを用いた秘匿暗号。
更には会話の冒頭を繋げることによる隠語。
「敵になるつもりなのか、本気で……」
「魔が差した、とでも? まだそんな甘っちょろい事を言うのか。
神の恩寵すら遍く届かぬ世界だ、師弟が争うのも珍しくはあるまい」
「打開する方法……そう、状況をだ。
策はないのか?」
「魔術すら好転は出来ぬよ……この隷属の前には」
敵は? 魔神。
打開策は? 魔術。
と、なった訳だ。
そうなれば話は早い。
時間稼ぎの振りをして黒幕が出るまで待てばいい。
そして怪しまれない程度に事情を聴き出した後は――
師匠による俺への処断命令を待つ。
これにより師匠は隷属下にありながら俺に魔術を扱えるようになる。
そう――師匠の十八番である精霊魔術を、だ。
急速に間合いを詰めた師匠は闇の上位精霊クローシェロを放った。
触れば即時に因果を断ち切り、心と精神を壊して廃人にする最恐の術式。
だが見方を変えれば、これはありとあらゆる因果――呪縛をも断ち切る。
そして魔現刃は属性や効果を強化増幅する事を可能とする。
これは本当に奥の手なので滅多に披露しないが――俺は他者の放った単一目標の魔術ならばスキルで収納出来る。
範囲攻撃は無理という縛りはあるが、強力な効果を持つ個別の術式を丸々無効化可能なのは凄まじいアドバンテージを生み出す。
俺と師匠は目線で笑い合い、まず師匠の術を喰らった振りをしながら収納する。
次は魔現刃による強化顕現だ。
今回は収納した精霊魔術効果【因果を断ち切り、心と精神を壊す】の内、因果を断ち切り壊すという部分のみを抽出し、解放。刃として顕現させた。
あとは何故か攻撃魔術を放つのに接近戦を仕掛けるという不可解な行動をする師匠をこっそりと約束通り『斬り捨てて』やれば完成。
隷属の呪縛が完全に打ち破れた、綺麗な師匠の出来上がりである。
以上が僅かな攻防の間に起きた事の顛末だ。
実際賭けの要素は本当に強かった。
剣を以て俺を殺せ、なんて命令されていたらかなりの危機だったろう。
「うむ。よくやったな、ガリウス。
ちゃんと覚えていたとは……感心感心。
褒めて遣わす――お前にしては上出来だ」
「比喩でなく、文字通り記憶に叩き込まれてますからね。
早々は忘れませんよ。
まあ馬鹿弟子の汚名は返上出来そうで何よりです」
「ほお……しばらく会わない間に少しは口も達者になった様だ。
ならば私もこんな雑魚魔神相手に不覚を取った汚名返上と――威厳のある師匠としての名誉を挽回する為に腕を見せなければならないな」
そう言って、俺に負けず劣らず不敵な笑みを浮かべる師匠。
ああ、俺のこういったところはこの人譲りなんだな~と自覚する。
そして師匠を敵に回したこの瞬間より――
残念ながらこの13魔将の末路とやらは間違いなく決定されたのだった。
はい、おっさんによる解説編でした。
縦読みについては前話をご参照ください。
次回はいよいよ解決編という名の公開処刑編です。
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