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おっさん、不敵に嗤う


「師匠……どうして……

 いったい何故なんだ!?」

「過程は重要ではあるまい?

 こうして隷属されているという事実が目の前にあるのだから。

 現実はいつも残酷で、常にお前の想像を超える――しかも最悪な方向へ。

 口を酸っぱくして、そう教えただろう?

 まさしくこういう事を言うのだ。

 故に備えよ、とも教えた」

「だからといって貴女と敵対する理由にはならない筈だ!」

「相変わらず甘い男だ。

 私は昔、お前に告げた筈だぞ?

 もし私が不自由で――生きていない状態になったら――

 お前が、お前の手で――斬り捨てておくれ、と。

 迷わず決断出来ぬならば、私は命じられた事を為すのみ」


 胸元をしまいながら師匠は淡々と喋り終え、剣を構える。

 いつも俺に教授してくれていた昔のように。

 その変わらない仕草にこれが夢や幻でない事を再認識させられる。

 動揺に剣先を揺らさぬよう、俺は精一杯支える。


「敵になるつもりなのか、本気で……」

「魔が差した、とでも? まだそんな甘っちょろい事を言うのか。

 神の恩寵すら遍く届かぬ世界だ、師弟が争うのも珍しくはあるまい」

「打開する方法……そう、状況をだ。

 策はないのか?」

「魔術すら好転は出来ぬよ……この隷属の前には」


 隷属。

 それは召喚術師が魔導書の力を借りて執り交わす、魂の呪縛だ。

 何かしらの代償を支払う代わりに――対象となった存在は魔導書によって意思を縛られ、召喚術師の便利な下僕となる。

 刻まれた隷属呪印が消えるまでその契約は続き、解放される事は無い。

 師匠がどうして隷属されたかは分からない。

 ただ、そうなってしまった理由は何となく理解出来る。

 俺の知る師匠は最強だ。

 しかし無敵ではないし――無敗ではない。

 肉体的・精神的には常人の及ばぬ域へと達している、この世界に七人しかいないEXランク冒険者<七聖>が一人、【放浪する神仙】だとしても。

 俺の事を揶揄するどころじゃない。

 何だかんだいって師匠は甘いのだ。

 捨て猫を拾うような感覚で行き場のない者を拾い、弟子として育てる。

 長い年月、きっと俺以外にも師匠を師事した者は沢山いるだろう。

 どこまでも気紛れでどこまでも自由。

 だからこそ師匠は尊いし――だからこそ危うい。

 人との繋がりは強さにもなるし――弱点ともなり得るからだ。

 人に話すのすらおぞましい方法を用いるのならば、師匠を隷属させる方法など俺ですら幾つも思いついてしまう。

 無論それが常人によるものならば師匠は易々と打破するだろう。

 だが今回は――


「ひょひょひょ……

 いつまで遊んでいるのじゃ、ファノメネル」


 渦巻く業火の上、夜空に浮かぶ妖しい影。

 それは異形だった。

 血のように禍々しい紅色に輝く魔導書を携えた蟲頭のローブ姿。

 いちいち認識するまでもない。

 悪魔とも違う異界の存在――魔神に連なるものだ。

 これで謎の一つが解明された。

 師匠が並の術者に屈服する訳がない。

 でもこいつら魔神なら俺が忌避する方法を以て師匠を隷属させるだろう。


「この宿にいた儂とは違う召喚術師、あの忌まわしき小僧は既に逃走した。

 すでに手駒とした冒険者共もかなり撃破されてしまっておる。

 貴様の力で早く奴を殺し――

 あの者が守りし黄金姫を手中収めるのじゃ」

「――黄金姫?

 何だ、それは?」

「黄金姫とは世界の不均衡を正す存在。

 故に魔神皇様を封印せし結界、この境界を支える曖昧な揺らぎを……」


 疑問を投げた俺にトクトクと語りだす蟲ローブだったが、途中でハタっと気付くや首をコミカルに傾げる。そして何か不可解な物を見るように、俺を指差し不思議そうに師匠へ問い掛ける。


「はて。何じゃ、そいつは」

「――はっ。

 こやつはどこにでもいる中年の冒険者でございます。

 昔、私が教えを説いた事もありますが」

「ふむ――ならば少しは使い出があるか?」

「いいえ、こやつは凡才。

 鍛えがいの無い、不出来な弟子でした。

 若ければ望みはありますが――それもこの歳となってはもはや出涸らし。

 おそらくは足手まといかと」

「隷属された者は嘘が付けぬ。

 その貴様がそう証するなら――ただのゴミか。

 ならば構わん、さっさと始末せよ。

 そこの勇者と聖女と賢者は我が虜とする。

 魔神皇様にお仕える十三魔将、この儂【獣僕】のプリンペランのな」


 ご、ゴミときたか。

 しっかしこいつらときたら――何で頼まれてもいないのに、こうも勝手に解説をし始めるのだろう?

 黙って奇襲すればいいのに、高い所から大概は奇声と共に現れるし……

 まあシアの言うお約束というものなのか?

 師匠も師匠だ。

 隷属された者は嘘が付けない。

 本音しか言えないと魔将は言った。

 なのにあの評価だというのなら――

 この20年の研鑽を見せつけてやるしかあるまい。


「命令が下った。

 さらばだ、ガリウス――

 せめて我が最恐の精霊魔術、闇の帳でその幕を引くが良い」


 間近に迫った師匠から放たれた闇の上位精霊クローシェロ。

 触れば即時に因果を断ち切り、心と精神を壊して廃人にする最恐の術式。

 背後にシア達がいる以上、俺に回避の余地はない。

 それを理解してるからこそ嫌らしい眼でそれを眺めるプリンペラン。

 蟲頭のくせに良い趣味してやがるな。

 だが次の瞬間――

 その眼が驚愕に見開かれるのを見て俺の溜飲が下がる。


「何故じゃ……

 何故、儂の隷属が解けたのじゃ!?」

「さあ……何でだろうな?」


 呪縛から解き放たれ――憑き物が落ちた様に晴れ晴れとした様子で肩を回す師匠の隣に佇みながら、俺は不敵に嗤うのだった。


 


 



 

絶望的な状況下、おっさんと師匠の身に何が起きたのか?

次回はいよいよ解説編です(ヒントは本文縦読みです)。

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