おっさん、便乗する
「入れないって……
それはどういう事ですか!?」
周囲に響く大声に何事かとそちらへ注意を向ける。
騒いでいるのは栗色の髪をした女騎士だ。
当惑しながらも拒絶の意を伝えているゲートの職員に喰って掛かってる。
その手に握られてるのは貴族の家紋が押された認可証だ。
冒険者組合に所属する者が持つ冒険者カードを提示する以外、他国への出入にはそれなりの制限が掛かる。
例えば宿場町くらいならそんな面倒はない。
これは円滑な流通をする関係上、当然の対応といえよう。
だが、広大な面積を持つ都市ともなれば話は別だ。
犯罪者及びその予備軍による治安の低下。
疫病の罹患検査や、禁止薬物等の密輸入出規制。
そしてこれが一番だろうが――
諜報活動や軍人による破壊活動の抑制。
以上の観点から都市の出入りにはどうしても手間が掛かる。
一般的には手荷物検査や魔術による探査、簡単な質疑応答。
手荷物を超える物には申請書の記入が必要となる。
無論、例外は存在する。
いつの時代もお偉方というのは面倒を嫌い、特権を欲しがるもの。
その為、大概の都市には庶民用の関所とは別に貴人用の関所があるのだ。
さっき俺がシアを揶揄したのもこの貴人用の事だ。
シアは勇者任命時に形式上とはいえ皇国から爵位を授かっているからである。
その出入りの際に効力を発揮するのが家紋の押された認可証だ。
これは許可証を持つ者に起因する不利益は、全て家紋を押した貴族が負うという証でもある。
アレが本物なら職員の対応は不敬罪に値するような無礼行為だが――
「申し訳ございません。
ただ今、魔石による読み取りを行い照査をしたのですが……
ランスロード皇国に置きましてはこの家紋に該当する貴族はいないとの事です」
「そんな……」
魔石のはめ込まれた魔導具を手にした女性職員の言葉に女騎士は言葉を失う。
全ての貴族の家紋は国家間協定に登録される。
当然だ。他国へ赴いた時――それこそが自らの身分証明となるのだから。
経済・地盤を含むコネクションバックアップ。
犯罪に巻き込まれた際など、所属国家への身分証明と治外法権的な支援要請。
許可証登録の効果は多岐に渡る。
だが――それが無いと言われた。
ただの誤動作ならばいい。
しかし正式に国家間協定から登録を外されたのだとしたら?
それはつまり、忠誠を誓った自らの主君が……
「何かの間違いではないですか!?
すみません、もう一度――」
「駄目だ、カレン」
職員へ声を荒げ詰め寄ろうとした女騎士だが、その肩を止められる。
迷子になった幼子の様な顔で振り返った先にいるのは厳しい顔をした少年だ。
見慣れない衣服を身に纏っている線の細い少年だが……
しかし俺が驚いたのはその少年の持つ鞄から垣間見えている物である。
魔導書……召喚術師のみが持つ人外の秘宝。
少年は魔力察知に疎い俺ですら気付くほど規格外の魔導書所持者だった。
女騎士は少年を眼で訴えるも首を左右に振られ拒否される。
「しかし、ユーマ殿――」
「今は駄目だ。
これ以上事を荒げると大変な事になる」
俺の観察眼は、カレンと呼ばれた女騎士に詰め寄られた女性職員の手が隠された箇所にあるブザーへ添えられたのが分かった。
これ以上強行すれば衛視等への通報が問答無用でいくだろう。
そう、少年の指摘通り今は堪える時だ。
何やら思案していたユーマと呼ばれた少年だが、突如声を上げる。
「え~と、すみません!」
「――何でしょう?」
「どうにも自分達の勘違いだったようで……
ホント、申し訳ないです」
「いいえ。
間違いは誰にでもあるものです」
人懐こい笑顔を浮かべたユーマの大袈裟な謝罪。
道化の様な仕草に女性職員も頑なだった態度を軟化させる。
「それで一応中に入りたいんですけど……
何か方法はありますか?」
「一般受付でしたら特に問題ございません。
ただ少々お時間が掛かりますが」
「ああ、そうですか。
う~ん参ったな……
でも分かりました。
もう一度あっち(一般受付)に並び直しますね」
「――不思議な方ですね、貴方は」
「はい?」
「ここにいても伝わる魔力波動。
貴方は召喚術師ではございませんか?」
「ええ、一応」
「普通そういった力を持つ方は優遇を求める高圧的な交渉を行うものです」
「そうなんですか?
ん――でも俺、召喚術を抜いたらただのガキなんで。
洗濯くらいならともかく、目玉焼きすら作れない不器用さですし」
あっけらかんとした少年の物言い。
眼鏡を掛けた女性職員の目が驚きに開かれ、続いて苦笑する。
「それは困りましたね」
「まったくです。
だから精霊都市に入らないとご飯食べれないので」
「お腹が空くと倒れてしまいますしね」
「はい」
「フフ……
ではワタシの権限が及ぶ範囲でお手伝いをしましょう。
これをどうぞ」
「? これは?」
「ファストパスです。
提示して頂ければある程度手続きの簡略化とゲートへの短縮が行えます」
「――え?
いいんですか?」
「はい、構いません。
おかしなところはあるも、貴方がたに不審なところはないので」
「やった!」
「喜んで頂けて幸いです。
そういえば……お名前を訊いてもよろしいですか?」
「あっ、はい。
悠馬です。
俺の名前は久遠悠馬」
「クオン・ユーマ様ですね。
ワタシの名前はメイア・ステイシスといいます。
ご縁がありましたらまたお会いしましょう。
この件についてはワタシも少し納得のいかないところがあるので」
「ありがとうございます!
さっ、行くぞカレン」
「あっ……ああ。
そう、だな」
勢い良くメイアへ頭を下げた悠馬に押され、離れた場所で動向を窺う仲間の下へ戻るカレン。その顔へは幽鬼のように昏い翳が差していた。
二人が去っていくのを見届けると――
俺は大きく溜息を零すメイアにそっと近付き声を掛ける。
「よお、メイア。災難だったな」
「誰っ!? って、ガリウス!
どうしてここに!?」
「ギルドの案件でな。
ほら、例の失踪事件の」
「アレは貴方にまで依頼が行ってたのね。
なるほど、それだけ深刻な事態なのかしら」
「お前も把握してるようだな。
あとで詳しく教えてくれるか?」
「ええ、いいわよ。
色々話したいし時間作るから」
「ああ、助かるよ。
お前がここ、精霊都市のギルドへ異動になってから積もる話もあるしな。
それと――」
「はい、これでしょう? ファストパスよ。
ワタシの権限で貴方達の分も出してあげる。
あの娘の面倒、まだ看てるんでしょう?」
「――まあな。
あの時お前の助言が無かったら、間違いなく俺の偽物に殺されていた。
マジで感謝している」
「あの娘が今や本当に勇者だもんね。
ワタシも歳を取る訳だわ。
じゃあ――はい、また後で。
これ以上は業務に控えるから早く行って」
「おお、こわっ。
んじゃ頑張ってくれよ。またな」
こうして俺は少年達の騒ぎに便乗し、首尾よく顔見知りからファストパスを入手する事に成功したのだった。
「……ちょっと見た、二人とも!?
おっさんったら、あんなデレデレしてさ!
しかもあの女の方も満更ではないみたいだしぃ~」
「ん。会話の端々にある匂わせぶり。
何やら昔の女っぽい雰囲気を感じる」
「あらあらうふふ。
略してあらふあらふ。
ガリウス様は……ホントに困った方ですわ。
少し……オイタが過ぎるかもしれませんね(クス)」
「「「こわっ!!」」」




