おっさん、想い馳せる
「ここが迷宮都市の異名を持つ、精霊都市エリュシオンか……」
目前にそびえる都市の全景にシアが感嘆をもらす。
遠くから見えていた外観と実際に目にする都市の威容では迫力が全然違う。
天高く空を貫く様な尖塔が幾つも連なり、幾何学的な呪紋が為された防御結界を幾重にも張り巡らしているのが視える。
東西南北の要所に設けられたゲートだけがその中に入る唯一の手段だ。
この都市の結界は転移どころか戦略級魔術すら跳ね除けるのだから。
ゲート前に設けられた駅に着いた俺達。
俺は皆を代表して馬車を返すと、まず背筋を伸ばし柔軟を行う。
狭い車中で窮屈だったが……ようやく着いたな。
そんな俺の脇では三人が阿呆みたいに口を開けて見入っている。
まあ二度目だからそうでもないが、初めて来た時は俺もそんな感じだったな。
無理もない……苦笑しながら俺は三人に声を掛ける。
「――どうだ? 凄いだろう、ここは」
「うん!
道中おっさんから話を聞いていたけど……
こうして全景を見ると、やっぱ圧倒されちゃうな~」
「ん。記述されていた情報との差が明確。
百文は一見に如かず」
「それは用法が違う気が……
でも、さすがは人類の理想郷と謳われただけはありますわ」
まるで都市全体が意志を持つかのような圧迫感に――ただただ圧倒される。
いや、人に喩えたその喩えは間違ってないのかもしれない。
俺を鍛えてくれた師匠がこの都市を奔る道はまるで血管の様だと言っていた。
中に蠢く人々はさしずめ都市を活性化する栄養だと(稀に毒にもなるとも)。
この都市は開設より『呼吸する』と云われてきたらしい。
都市の新陳代謝が活発で――常に新しい息吹を吹き込み続ける。
先の大戦で唯一戦禍を免れたのは、決して防御結界のせいだけではない。
都市に住む人々の秩序意識が高いからだ。
無論、中には例外もいるだろうが。
魔術が術師特有のものだけでなく、一般へと普及し当たり前のものとなってきた時代の弊害として、犯罪にその力が振るわれる事が多々ある。
しかし精霊都市は魔導力学の粋を凝らした魔術最先端の地でありながら魔術犯罪の件数は驚くほど少ない。それは魔術の利便性を追及しながらもその危険性を把握してきた者達の自戒なのだろう。
そんな事を思い返しているとゲート前にズラリと並ぶ行列にフィーが気付く。
「あら――
どうやらあちらで受付をしているみたいですわね」
「ええ~あんなに並んでるの!?」
「仕方ありませんわ。
何事も手順というものが必要でしょうから」
「ん~どうにか出来ない、おっさん?」
「無理を言うな。
順番は順番だ、きちんと守れ。
まあ――お前が勇者特権をかざして、貴人用の受付に交渉すれば話は別だが」
「うわ、そんな如何にも権力馬鹿な行動取りたく無いし」
「ならば諦めるんだな」
「うん、そうする――
でもあれって、例えばリアの飛行魔術で空から侵入は出来ないの?」
「――ん。それは駄目。
都市の防衛機構にやられる。
外部からの襲撃に対し、ここの防衛機構は鉄壁。
前大戦時には魔族の襲撃、配下に連なるドラゴンすら撃退した」
「聞くだけでおっかない話。
ボク、ズルをしなくてホントに良かったよぉ」
「大丈夫、安心する。
その為の設けられたのがゲート。
あそこから正規の手順を踏めば問題ない」
「そういう事だな。
じゃあ、さっさと並ぶとするか。
定宿を決めたら今日は早くゆっくりしたい。
美味いものを食って英気を養ったら、早速情報収集に掛かるとしよう」
行儀よく受付ゲートへ列を為す人々。
彼等を横目に、俺は固まった肩を回して解しながら提案する。
「は~い」
「分かりましたわ」
「異議なし」
美味いものに釣られた訳ではないだろう。
ただ俺のお誘いに――三人は元気に満面の笑顔で返答するのだった。
次回は私の書いた他作品とのちょっとしたコラボです。
知ってる方はニヤリとして頂けると嬉しいですね。




