おっさん、激しく抗議
教会に設けられたチャペルから領内に鳴り響く荘厳なる鐘の音。
様々な祝福彩られた歓声が飛び交うノーザン領から外れた少し離れた郊外。
山を隔てる深い森の中――
少し時を遡ったそこでは、まるで人目を憚るかのように……
人知を超えた人知れぬ魔戦が繰り広げられていた。
「そこでござる!」
「わん!」
裂帛の気迫と共にカエデの手中より放たれた神速の苦無。
それは的を外さず深々と下級魔神の喉に突き刺さる。
急所を正確に貫かれ苦悶の声を上げて倒れ伏す魔神。
この一連の騒ぎに乗じて、草むらに隠れ潜んでいた魔獣らが投射後の無防備な姿を晒すカエデに向かって一斉に飛び掛かろうとするが――それは愚行に過ぎない。
何故ならカエデの傍で耳を澄ませ控えていたルゥの特技【天候操作】が生み出した氷柱によって肢体を抉り取られ、魔神同様にその場へと崩れていったからだ。
ノーザン領を囲む郊外の森。
新緑の香りに濃密な血臭が混じり漂っていく。
後続がいないとは限らない。
戦場と化したフィールドで気を抜くことが己の生存確率を大幅に下げる事を本能で理解している。
痛いほどの静寂が満ちる中……
動きがないことを目線で確認し合った一人と一匹は残心を解除。
安堵の溜息をもらす。
「これで計7組。
別動隊はどうにか全部潰せたようでござるな」
「わん!」
「しかし恐るべきはアルティマ殿……いや、セラナ殿の【神魔眼】か。
まさか挙式の隙を狙って襲い来るモノら、その全ての居場所を見抜くだけでなく種族や襲撃時間まで看破するとは。
これでは曲者は丸裸で城攻めをするも同じ。
多少なりとも同情するでござるよ」
「わお~ん!」
「ああ、勿論本気で情けをかけるつもりはない。
だが――アレを見ればルゥもそう思う気持ちは理解できるであろう?」
「くう~ん」
木々の合間から見上げるカエデとルゥの視線の先。
そこには宙を華麗に舞う黒衣の魔人の姿があった。
しかも3体。
全く同一の姿をした美麗な影が天空を自在に駆けていく。
それは高度な複製体を生み出す【神魔眼】と【解析眼】の複合業。
時間制限のあるカエデの奥義とは違い、長時間の独立行動を可能とする絶技。
無論、弱点もある。
分体を生み出せば生み出すほど魔力やレベルが等分されてしまうのだ。
だが、アルティマことセラナはその裏を突いた。
数値化される能力は低下していく。
されど個々の技量や特技はそのまま継承される。
ならば学院の真骨頂、遅延魔術を用いれば、全盛期の自身を維持したまま戦力を増強できるというもの。
当初ガリウスに申し出た襲撃者対策に少数精鋭を以て当たるというセラナの発言に対しガリウスは激しく抗議した。
しかしこれだけの実力を見せられては何も言えない。
何より未来を見通す二人の双眸はその結果がどうなるかを【識って】いた。
どうやって知覚したのかは不明だが結婚式という華々しい舞台を血に染めるべく不逞の輩が乱入するのはもはや避けられない。
魔族。
魔神。
何より皇の覚えがいい新参領の成功を妬む人間……暗殺者。
それらを未然に防ぐ為この危険な役をカエデ達が買って出るのは必然であった。
ガリウスは最後までゴネたが、どこか頑なセラナに押され最終的には同意した。
それからのセラナの活躍は凄まじいの一言に限る。
害意ある者を弾く広域結界でノーザン領を護るとカエデの勘、ルゥの鼻を用いて襲撃者を根こそぎに潰して回っていったのである。
まるで死を呼び込む御使いのように凄惨に。
今や最後の集団となった群れへ向かうセラナ。
幻妖とでもいうべきその光景は見る者を戦慄させるほどだ。
けど真に恐るべきはその手から放たれる絶死の魔術の数々。
魔人の眼下に集うのは襲撃者らの本隊とでもいうべき魔族魔神連合。
通常ならば【100人の勇者】クラスの者らがパーティどころか複数によるレイドをもってしか相対不可能な絶望の先触れ。
それらが――翻弄されていく。
無慈悲な死神とでもいうべき黒衣の魔人の手によって。
詠唱を簡略化された、握り潰す生命【グラスプハート】。
人族では抗えぬほど高い耐魔術能力に自負を抱く男爵級魔族だったが……瞬時に自身の存在を支える核を握り潰され、己の死を認識するまでもなく滅び逝く。
強大な力を誇る魔族が瞬時に滅んだことを悟った騎士階位魔神らは咆哮をあげて己の魔力を向上し対抗しようとするが――それもまた無意味。
別個体とでもいうべき魔人の放った、凍て付く氷儀【アイスフェネラル】によって全身の体液全てが凍って砕け散る。
神代より続く、サーフォレム魔導学院に伝わる魔術の真髄とでもいうべき秘儀が数多の魑魅魍魎を蹂躙していく。
あとに残されたのは一方的な死の葬送。
強者も弱者も全ては同じく大地へと倒れ伏し冥府の門を叩く。
そして如何なる絶技故か躯すらも消え失せた戦場にゆるりと舞い降りる魔人。
虐殺にも近い行為後だというのに一切の感情を交えぬその超然とした姿にカエデとルゥはこの時ほどセラナが敵対者でなくて良かったと内心で安堵する。
蜃気楼のように折り重なり一人になっていくセラナ。
声を掛けようか思案するカエデ達だったが郊外にまで響く鐘の音に思わず空を見上げる。
祝福の鐘。
それが鳴り響くということは……
どう声を掛けたものか悩んでいたがセラナは無言のまま遠望投射術式を展開。
幸福を絵にしたような新郎姿のガリウスと花嫁達の姿にやっと人間らしい表情を見せ、どこか儚げな淡い微笑みを浮かべる。
「良かった、ガリウス……
無事に、無事に結ばれたんだね。
貴方が幸せなら私は――」
感無量。
何も言えずに肩を震わせるセラナの背中を見ながら一人と一匹は呟く。
「まったく……不器用な御仁でござるな」
「きゃう~ん」
お久しぶりです。
大変お待たせしましたが、ゆっくり再開していきますね。




