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おっさん、誓いを刻む


「随分と遅かったではないか」

「妾も伯爵も待ちくたびれたぞ、花婿殿」

「まあまあ、ノービス様にレイナ様。

 これも偏に領主であるガリウスへの人望が為せるからこそ。

 どうか領主代理である私の顔を以って平に御容赦願います」


 集った群衆の祝福を受けながら、やっとの思いで領地の中央に設けられた教会に入った俺達。そんな俺達を待ち受けていたのは、豪華絢爛たる式典用の礼服を着込んだノービス伯爵にレイナ、そしてスコット以下数名だった。

 神前で愛を誓う神聖な場所故、領民たちはここに立ち入れない。

 通常でも入れるのは式の当事者と親族のみ。

 伯爵達は防犯の関係上ここでの参加を希望したのだろう。


「すみません。

 思いの外、時間が掛かってしまって」

「責めている訳ではない。

 貴公の人気を窺い知れば至極当然の事だ」

「妾も同様よ。

 そなたの魅力は誰にでも分け隔てなく接するその飾り気のない人柄……

 故に衆生はそなたに自身の希望を重ねるのだからな」

「はあ……ありがとうございます」


 どうやら遅れたことを咎めている訳ではないらしい。

 では、二人の悪戯めいた瞳とスコットの疲れた表情は何故なのか?

 困惑しながら思考を巡らせていると――


「やっと入れた~! もう~混み過ぎだよ!

 ……って、どうしたのおっさん?」

「ん。何か不具合?」

「あらあら。

 せっかくのおめでたい日にトラブルですの?」

「参ったな。

 ここへ来るのでこんなに疲労困憊しているというのに」


 群衆に揉みくちゃにされ俺に遅れて入室してきた四人は当惑した顔を覗かせる。

 場の雰囲気というか、偉いさんの不評を買ったのか心配しているのだろう。

 俺は微笑みを口元に浮かべ首を振り、問題ない旨を伝える。

 安堵に胸を撫で下ろす一同。

 ではいったい何が――と考える間もなく堪え切れなくなった伯爵がネタばらしを始めた。ニヤリ、と悪童みたいに笑うと無言で二階を指差す。

 教会の二階は構造にもよるが、通常は楽器隊席や貴賓席が設けられている。

 ならこれだけの面子が一階に揃っている中、いったい誰が――

 伯爵の導くまま上を見上げる俺達。

 そしてそこに、いてはいけない人物の姿を見い出し驚きのあまり硬直する。


「へ、陛――」

「おっとと。そこまでだ、ガリウス卿とその奥方たち。

 今日の私は、只のちりめん問屋の隠居……王都を救った英雄の結婚を興味本位で覗きに来ただけだ。気にしないでくれ給え」


 慌てて臣下の礼を取ろうとした俺達を、にこやかに制止しながら気さくに声を掛けてくる人物。

 その人物とは恐れ多くも、ランスロード王国を統べる賢王。

 陛下ことリヴィウス・ネスファリア・アリウス二世に他ならない。

 すると隣にいるのは名高きロイヤルガードの重鎮、スケカク卿か?

 絶対の盾の異名を持つ彼が同伴しているのならば確かに安全だろうが……

 魔族や魔神共が跳梁するこの時勢の中、少し無防備過ぎじゃないか?

 俺の視線を感じた訳じゃないだろうがスケカク卿がリヴィウス陛下に囁く。


「お戯れが過ぎますぞ、陛下。

 万難を排しようと我々とて万能ではございません。

 このような児戯は程々にして頂きませんと」

「王都の英雄の晴れ舞台をこの目で見届けたくてな。

 それにガリウス卿は、あのカルティアの息子でもある。

 私は恩知らずになりたくはないのだ」

「――少しは立場を考えろ、と言ってるんだ。

 世直し旅に出ていた昔の様な気安い立場じゃねーんだよ、お前は」

「はっはっはっ!

 久々に聞いたぞ、お主の毒舌。

 最近は借りてきた番犬みたいだから退屈しておったところよ」

「お前が無茶をしなきゃ素の自分を出す必要がねえんだよ、馬鹿が」


 何やら聞いているだけで不敬に問われるような会話を交わす二人。

 過去になにかあったらしいが……詮索しないでおこう。

 世の中知らない方が良い事もある。

 脳裏を過ぎる【暴れん坊君主】のテーマソングを振り切り、頭上の喧騒を置き去りにすることを決意した俺達は教会の中心部に進む。

 そこでは昔は大層な美人だった事を窺い知れる着飾った女司祭がこちらを認めるなり露骨に溜息を吐く。

 その人物とは無論、教団における聖母派を取り仕切るヴァレンシュア大司祭に他ならない。


「おいおい。

 久々の再開だというのに酷い対応だな、婆さん」

「溜息や愚痴の一つも付きたくなるさね。

 手塩に育てた大事な後継者が、どこぞの馬鹿に持ってかれるんだから」

「相変わらず小僧扱いかよ」

「あたしからみりゃ、皆一緒だよ。

 世俗の価値観や権力に縛られないのが聖職者ってもんさ。

 まあ、いい。

 こうなることはあの娘と出会った日に定められてたんだろうからね。

 さて――フィーナやい」

「はい、お婆様」

「こいつと結婚するという事は教団での地位向上を諦める事でもある。

 一応訊いておくけど、後悔はないね?」

「勿論ですわ。

 本来であれば――あの冷たい雨の降る路地裏で潰えていたであろう、この命。

 助けて頂いたご恩は、今後ガリウス様に寄り添いお返ししたいのです」

「恩義と思慕を勘違いしてはいないね?」

「はい。

 わたくしは確固たるわたくしの想いを以てこの方に嫁ぎます」

「ならばあたしから言う事はない。

 還俗を認めるよ」

「ありがとうございます」

「さて、そろそろ良い時間だ。

 始めるとするかい――」


 ヴァレンシュア婆さんが軽く指を振ると、教会内部に穏やかであたたかな後光が差しこむだけでなく厳かでありながら心休まる讃美歌が流れ始める。

 これが――教団最高峰の祝祷術の遣い手の力か。

 詠唱や真名を必要とせずただの仕草で神の威光を知ら示めす。

 大司祭の名は伊達ではない。

 苛烈な権力闘争に勝ち残っただけでなく、実力込みで周囲を従えて来た故に。

 だからこそ、これ程の人物に婚儀を取り仕切って貰って――大丈夫なのか?

 俺では力不足なのではないだろうか?

 この際に及んで今更かもしれない。思わず逃げ出したくもなるが――

 戦わずに背を見せるのは俺のポリシーに反する。

 何よりこれから人生を共にする大事な人達がいる。

 顔を見合わせて頷くと俺達はヴァレンシュア婆の前に立つ。

 婆さんは覚悟を決めた俺の面構えを見て、ようやくニヒルに笑った。


「最初からそういう貌をしてればいいんだよ。

 さあ――始めるよ。いいね?

 汝、ガリウス・ノーザンよ」

「はい」

「お前はここにいるアレクシア、ミザリア、フィーナの三名を――

 病める時も健やかなる時も――

 富める時も貧しき時も――

 妻として愛し敬い、慈しむ事を誓えるかい?」

「即答はしかねます」

「馬鹿かい、アンタは。

 こういう時はその場のノリで答えるんだよ。

 人生の大事な一場面に傷をつけたくないだろう?」

「確かにそうかもしれない。

 波風立てない生き方を目指すならそれもいいかもしれない。

 けど……俺は違う。

 病める時があれば病を癒す方法を模索し――

 貧乏ならば人並みに暮らせるよう必死に働く。

 不幸は半分、幸福は倍に。

 一緒に考え共に解決し合える――それが俺の目指す家庭であり関係だから。

 なので――前向きに善処します」

「……こんな事を言ってるけど、アンタらはどうなんだい?」

「だって、それがおっさんだもん!」

「ん。激しく同意」

「わたくし達はそういうガリウス様に惹かれ、好きになったんです」

「まったく――夫となる男も男なら、妻となる女も女だよ。

 こんな奴等の仲は犬でも喰わぬ何とやら、さね。

 さっさと幸せになってしまいな」

「ならば――」

「ああ。

 我が仕えし偉大なる想像神シャスティアの御名において――

 この者らに幸多き天の祝福を!」


 結婚という契約が無事に為された事を高らかに告げるヴァレンシュア婆さん。

 教会内に響く歓声。

 領内に鳴り響くチャペルの鐘の音。

 事情を察した外から割れんばかりの拍手が鳴り響く中――

 一つの節目が終わりを告げ、自分の人生が自分だけの物だけでなくなったことを深く心へと刻むのだった。







 お待たせしました、おっさんの更新です。

 遅くなったのには理由がありまして……

 実は新シリーズを書いてます。


「異世界アドバイザーと歩む、辺境もふもふスローライフ~

 神様から頂いたスキルは何でも入る無限の箱でした」


 おっさんの領地ことノーザン領を舞台にしてます。

 本編からゲストキャラも出す予定ですので、こちらも良ければ

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