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おっさん、温泉に入る


「うおお~これは気持ちいいな!」


 硫黄の香りのする乳白色の湯に俺は肩まで浸かる。

 少し熱めの湯温。

 だがその熱さが身体の凝りを解きほぐし、芯まで温めてくれる。

 風呂に心当たりがあると言ったリア。

 彼女が転移魔術で案内してくれたのは、村近くの山にある温泉だった。

 都合良く周囲を岩で囲まれている為、急な妖魔の襲撃に怯える事もない。

 また背を伸ばせば眼下に裾野を一望できるという、最高の眺望だ。

 これにお酒があれば言う事なしだな。

 やや年寄りじみた事を思いつつ、鼻歌交じりに温泉を堪能する。

 そんな俺に岩陰からリアが声を掛けてくる。


「湯加減はどう?」

「ああ、最高だ!

 さすがリアだな~こんな穴場を知ってるなんて」

「それは違う。

 ここは以前――シアが発見したところ。

 機会があればガリウスも誘おうと思ってた」

「そうだったのか。

 まあ眺めといい温泉といい、本当に最高だ。

 先に入らせてもらって悪いな」

「心配ない――

 すぐにそっちへ行く」

「――はっ?

 ちょ、ちょっと待てええええええええええ!!」


 俺を静止を振り切り岩場の陰から現れたのは、バスタオル姿のリアだ。

 華奢な体のラインに浮き出るライン。

 撫でらかな陰影を描く曲線がひどくなまめかしい。

 研究で引き籠っていたせいだろう。

 日焼けしてない陶磁器のような白い肌もその妖しさに拍車をかけている。

 ただ少々惜しむべきは――若干起伏に欠けている事、だろうか。


「……今、不当に貶められた気がした」

「き――気のせいだ、気のせい!

 っていうか、何をしてるんだリア!

 そんな恰好で来る奴があるか!」

「ガリウスは大袈裟。

 皆の裸くらい幾度も目にしている筈」

「誤解を招く様な発言をするな!

 そりゃ~寝食を共にしてる以上、そういう場面は確かにあった。

 そのこと自体は否定しない。

 かといって――それとこれは別だろう?

 お前も年頃なんだから、慎みを持て、慎みを!」

「はあ……

 ガリウスは分かってない」

「な、何をだよ……」

「あたし以外の二人も、誰にでもこういう事をしている訳じゃない。

 ガリウスに好意があるからこそ――アプローチを掛けている」

「それは……」

「誤魔化さないでほしい。

 あたし達の想いは――迷惑?」

「いや……」

「どう? はっきり答えて」

「正直、凄く――嬉しい。

 嬉しいとは思うんだが……その」

「――ん。分かる。

 あたし達は今まで貴方にとって保護すべき対象だった。

 それを恋愛対象として見るには時間が掛かる……そういう事?」

「そ、そうだそれだ!

 やっぱり急に仲間をそういう風には見れないさ……

 まして――俺もいいおっさんだ。

 若いお前らとは違うし、もっと別の幸せがあるんじゃないかと思ってしまう」

「ガリウスはあたし達を見縊り過ぎ。

 皆、憧れと愛情を混同するような子供じゃない。

 シアを含め、フィーもあたしも貴方に父性を感じ求めているのは確か。

 しかしそれ以上に――ちゃんと思慕の情を抱いている。

 それを否定されるのは哀しい」

「すまん……そういう訳じゃ……」

「悪気がないのは理解している。

 しかしそれはそれ。

 なので罰として――こうする」

「ば、馬鹿!

 やめ――」


 悪戯めいた小悪魔のような笑み浮かべるリア。

 バスタオルに手を掛けると――躊躇いもなく一気に外す。

 その下にあるのは勿論――


「残念――水着でした。

 少しは期待した?」

「お、脅かすなよ……」


 無論、水着だった。

 身体にフィットする白色のセパレート型。

 見ようによっては下着とも取られかねないが、リアに良く似合っている。

 思わず安堵の溜息を漏らす俺。 

 そんな俺の様子を見てリアは何故か満足そうに微笑む。


「ん。合格」

「何が合格なんだか……」

「ちゃんと――意識した。してくれた。

 こういった事を積み重ねて行くことが大事」

「それって聞こえはいいが――言い逃れが出来ない様、着実に状況証拠を固めてるだけじゃないか?」

「バレた(てへペロ)」

「お前なー」

「ごめんなさい。

 お詫びとして――身体で払う」

「ちょっおまっ」

「具体的には背中を流す」

「それならそうと、早く言え(溜息)

 まったく誰に倣ったんだか……」


 可愛らしいベロを出しながら、タオルを持って近付いてくるリア。

 むしろ清々しいともいえるその姿勢に、俺は苦笑しながら背中を向ける。

 瞬間、周囲にざわめく魔力波動――転移術特有の磁場の乱れ。

 まさか――


「ああああああああああああああああああ!!

 ズルいよ、リア。

 おっさんと一緒に温泉へ入るなんて!」

「あらあら、まあまあ。

 抜け駆けはいけませんわ」


 勿論、シアとフィーの二人だった。

 背中を流してもらう為、湯の中で身を寄せ合う俺とリア。

 そんな俺達を見て二人は憤慨しながら話し掛けてくる。


「もういい――ボク脱ぐ!

 ボクも今から入る! おっさんを堪能する!」

「それは名案ですわね、シア。

 リアもガリウス様を満喫されてますし、ガリウス様も満更でもない御様子……

 わたくし達もご一緒させて頂きましょうか」

「ちょっ、これは違う――

 ちゃんと後で二人を迎えに行く予定が――」


 リアが懸命に弁解する間もなく――

 顔を見合わせ、その場で服を脱ぎ捨て始める二人。

 水着どころの話でない。

 立ち昇る湯煙にうっすらと陰影が浮かぶのは、リアのものとは比較にならない、戦略兵器クラスの――


「これ以上は(色々)危険なので――失礼する!」


 俺はそれがはっきりと視界に入る前に温泉から飛び出すと、岩陰に隠してあった衣服を掴み、伝承に詠われる紅の怪盗のように見事な逃走を行う。

 背後であいつらが何か言ってる気がしたが……

 まあヘタレと呼ぶなら呼ぶがいい。

 若造に比べ耐性があるにしても、些か防御力の低さには定評のある俺。

 おっさんには少々刺激が強過ぎるし、俺もいい歳だ。

 さすがに興奮による血圧上昇の上――急進性の心臓発作、なんて馬鹿なコンボは決めたくない。


 




以前イタリア旅行に行った際、リアルでルパン体型の露天商に会いました。

警察が来た瞬間、まさにスタコラっと逃走する手並みは非常に鮮やかで、

何度思い返しても笑ってしまいますw

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