おっさん、またも追放
「はい、これ」
スコットの姿が館に消えるまで最敬礼で見送った後――
我が家である筈のログハウスにやっと帰ろうとした俺だったが、戸口に足を踏み入れた瞬間、何故か先に入室していた女性陣によってブロック。
にっこりお澄まし顔のシアから丁寧に包まれた白い紙袋を渡される。
急ぎ掻き集めたと思わしき袋からはみ出ているパンや酒瓶を見るに、その中身は食べ物である事は理解できるのだが……
おそらくスコットが先勝祝いとしてテーブルに用意しておいてくれたのだろう。
あるいは新婚前夜祝いというやつか?
そのいずれにせよ、こうして入室を拒否しハブられる意図が分からず尋ねる。
「? なんだ、これは?」
「何って……勿論、おっさんの分の食料だよ。
さすがにお腹が空くと思って。偉いでしょ、ボク」
「いや……確かに腹は減ってはいるが……
だからさ、なんで家にいれてくれないのか理由を知りたいんだが……?」
「ん。やれやれ。ガリウスにしては察しが悪い
やっぱり目に視えぬ疲労が溜まってると推測」
「どういう意味だ、リア?」
「いつもなら皆まで言わなくとも気遣いできると指摘」
「すまん、やっぱりよく分からんのだが……」
「フフ……今日は挙式前の夜ですのよ、ガリウス様。
いうなれば私達にとって独身最後の夜ですもの。
明日からは貞淑な妻となる身……今日は少しだけ羽目を外したいんです」
「つまり女子会、という奴だな。
夜遅くまで騒ぎ通して皆で雑魚寝をしながら心ゆくまで駄弁る予定だ」
「そういうことでござる(にんにん)」
「わおん!(こくこく)」
「私も先程聞かされたのだけどね。
貴方の昔話を聞きたい、とせがまれてしまったの。
私も大人になった貴方の話を聞きたいと思っていたし、渡りに船だな~って。
だから残念ながら今宵は男子禁制なのよ」
「――なるほど、そういうことか」
得心がいった俺は一人納得する。
どうりで開拓村に転移して来てから妙に静かだった筈だ。
こいつら俺に内緒でこっそり念話をしていたに違いない。
ログハウス云々は別にしても、入室前の段取りが良過ぎるとは思ったんだよな。
タイプは違えど華の咲く様な美貌に申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、悪戯が上手くいった小僧みたいなしたり顔。
絶妙なギャップ萌えに俺は苦笑しながらも素直に応じることにした。
解除してあった【黒帝の竜骸】の核である宝珠をシアに向けて渡す。
「大分力を使い過ぎて休眠中だが、ミコンも仲間に入れてやってくれ。
あとで皆の仲間に入れなかったと知ったら悲しむだろうからな」
「えっ! でもいいいの、これ!?
いざという時、おっさんが困るんじゃ――」
「大丈夫だ。
いや、正確には大丈夫になった――というヤツだな」
「?」
困惑するシアだが、同じ位階にいるラナは察しがつくのか思わず目を伏せる。
こればっかりは言葉では説明仕切れないわな。
「じゃあな。
俺は俺で明日まで少しゆっくりしてくるよ」
シアから預かった袋を収納すると、俺は既に和気藹々と騒ぎ始めている女性陣に別れを告げると裏山に向かった。
「こんなこともあろうかと」
もはや定番と化したコマンドワードと共にベッド一式が出現する。
リアから借りた虫除けの結界が施されたタリスマンがちゃんと発動しているのを確かめながらその上に行儀悪く寝転がる。
視界に広がるのは満天の星空。
吸い込まれそうな星々の煌めきに心奪われる。
今日は本当に色々な事があった。
こうして激動の一日を振り返るのも凪の時間として大切な事だ。
伝説級を超えた神域級武具である【黒帝の竜骸】は肉体的な疲労やMPなどは速やかに癒してくれる。
しかし――精神的な疲弊までは回復しきれない。
恒常的な回復能力とはいえ、精神の傷は時として成長にも繋がるからだ。
けど澱みたいに淀んだこれらは、鬱屈した泥のように精神の奥底へと沈殿する。
だからこうして何も考えず精神を解き放つ時間――三昧の刻が必要となる。
大好物である酒に手を出す事も忘れ呆けていると……
いったいどのくらいの時間が経ったのだろう? 傍らに気配がした。
害意がないのは分かり切っている。
むしろ自分からこういった場を設けにいった節がある。
「人の子よ……人でありながら、人以上になろうとするか。
これは親しき隣人への忠告であり警告だ」
意外や意外。それはちゃんとした人語だった……いや、違うな。
おそらく俺が彼の言葉を【理解】出来るようになったのだ。
急ぎベッドから佇まいを正して声の方を見やれば、それはとても大きな山猫。
そう――この地に住まいし土地神様だった。
彼は以前のような愛くるしい姿とは違い、毅然としながらもどこか物哀しい瞳で静かに俺を見返しながら語る。
「気をつけよ、希望の灯火にして龍神の威を代る者よ。
今、お前は人理と神理の境界線におる。
それ以上励み続ければ、人として生を全うする事、かなわぬぞ。
強過ぎる者は、いつの世も人として生きることを許されず、伝説となる。
……人外の、伝説に。
人の子よ、良き友として忠告する。
こちらには、来るな。
限りある生を、全うせよ。
永遠に生きるということは永遠に戦うこと。
それは悲しみと苦しみ以外の何物でもない。
我らは生を離れれど、心は不死ではないのだ。
だから友よ。心より忠告する。
悪しきものを狩る手を休め、人として生きよ」
その警告は以前お伽噺で聞いたものと一緒だった。
豪華絢爛たる死を招くものと化した英雄らの前に現れる境界の存在。
亜神とも呼ばれるそれらは常に哀しみに満ちた声で同胞に至るのを拒むという。
己と同じ苦しみを背負わせない為に。
自らの身を縛る咎を呪わせない様に。
何という慈悲。
何という哀憐。
だが――だからこそ、その問い掛けに対する返答も決まっていた。
「それが世界の選択ならぬ、自身の選択ならば……
戦いの末に果てたとしても後悔なんてしない」
「……どいつもこいつも馬鹿ばかりよ。
何で皆、心からの忠告をそう跳ね除けるのか……まことに痛快だがな。
ならば最早何も言わぬ。
共に歩もうぞ、勇ましき人族の英雄よ。決戦存在に至る者よ。
闇を払う破魔の刃を担うお主の行く末を――我らはこれからも見守っていく」
ニヤリ、と不敵に笑った土地神の姿が蜃気楼のように消える。
果たして俺の返答は彼の眼鏡に適ったのだろうか?
神龍眼でも見通せぬ絶望の闇の中にその答えはあるのだろう。
自身の行きつく先への確信と至らぬことへの焦燥がジリジリ心を駆り立てる。
けれど俺は強引に瞳を伏せて浅い眠りにつく。
こうしている今もきっと賑やかに語り合っているに違いない、大切な者達の顔を脳裏に思い描きながら。
明日は俺や皆にとっての記念日。
主賓の一人である俺が寝不足では格好がつかないだろうしな。
満天の星空に浮かぶ月――
それはどこまでも無慈悲に、遍く世界を優しく照らしていた。
猫神様のセリフ引用は有名なガンパレからです。
人外になる者への憧憬と畏れが共存している素晴らしいゲームです。




