おっさん、心から尊敬
「体裁を整えた豪華な来客用の客室は準備してあるが……
お前さん達にはこっちの方が良いと思ってな」
館内を簡単に案内してくれたスコットが最終的に辿り着いた場所。
それは領主の館に設けられた中庭の外れだった。
暗闇の中、魔導照明を受けて建物の陰影が浮かび上がる。
強固な樫木材で組まれたそれは無論――
「ボク達の家だ!」
「ん、懐かしい。これはテンションが上がる」
「ええ。まったくですわ」
「わんわん!」
「これはこれは目に視えぬ労力が凄いでござるな。
一見したところで全容は分からぬようになってるが……
おそらく曳屋でなく、わざわざ移築したのでござろう」
「うむ。基礎が歪まないよう中々手間が掛けられているな」
「へえ……ここがガリウスや皆の。そうなんだ」
シアが喜びに満ちた歓声を上げリアが追随する。
手を取り合ってはしゃぎ回る二人を微笑みながらフィーが見守り、契約主である主人同様にルゥが尻尾を振って賛同。
水車稼働時に一度だけ訪れた事のあるカエデやミズキは驚いた顔をしているし、初到来であるラナは皆の家と聞いて興味深そうに建物を見渡している。
スコットの案内先にあったのはかつて俺達が拠点にしていたあのログハウスだ。
俺達が村で暮らした証であり心休まる場所。
どういったことか、それが中庭の隅に移築されていた。
「スコット、これって……」
「帰る家、ホームがあるという事は幸せに繋がる。
実に素晴らしいとは思わないか?
私は妻と所帯を持ってから常々そう実感するよ。
だから無理を言って元の所から引っ張ってきたのさ。
お前さんらの活動拠点として今後も使える様に」
「確かにお上品な室内よりこっちの方が落ち着くし、後で寄ろうとも思っていた。
けど……大変だったろう? ちゃんと土台ごと移築してあるし。
何もここまでしてくれなくとも――」
「ふふ、救国の英雄と持て囃されるようになっても全然変わらないな。
そこで私らを慮るのがお前さんらしい、嬉しいよ」
「おい、誤魔化すな」
「誤魔化してなんかいないさ。
ガリウス、お前さんには忘れないで欲しいだけなんだよ」
「何を?」
「この領内、いや開拓村だったこの町はお前さんの帰る場所であるという事を。
自分達はお前さんが英雄だから尽くしているんじゃない。
かつて苦楽を共にした仲間だからこそ――皆は親身になるんだ。
どれだけ偉くなっても、どうかそのことだけは忘れないでくれ」
「分かっているさ、勿論」
「いいや、ガリウス。
お前さんはもっと自覚しなくてはならない。
望む望まらずに、今後利用されていくであろう己の立場と誘惑を」
「それは……」
どこか翳りに満ちたスコットの言葉にルリやイシュガルド子爵の顔が浮かぶ。
彼らはあれでもまだ理知的に振る舞ってはくれた。
だが――今後関わる貴族社会の本質とは人のエゴ、即ち欲望で形成される。
つまり幾多の思惑や謀略渦巻く複雑怪奇な魔境、伏魔殿だ。
自身が清廉潔白であろうが朱に交われば赤くなるという言葉通り、穢れを担って酸いも甘いも嚙み分けていくことが求められるだろう。
俺の本質は間違いなく戦士だ。
己を鍛え上げ、立ち塞がるものを斬り伏せる刃。
しかし――ただ敵を斃す剣である事を課すだけに留まらず、今後領主として非情な決断を強いられる事もある。
限りある予算と人材で常に最適解を選び続けるのは至難の業。
時には何かを切り捨て何かを見放さなくてはならない。
神ならぬ身では全てを救う事は出来ないのだから。
けれどもしそんな時に差し伸ばされる蜘蛛の糸ならぬ、悪意の手があったなら。
行く先が破滅と知っても掴まずにいられるのか?
スコットはそのことを懸念しているのだ。
「権力とは人を酔わせる美酒にして心を蝕む魔薬みたいなものだ。
最初は謙虚に振る舞っていても、徐々に鋳型に嵌められ傲慢になっていく。
そしてどんな人間も誘惑には弱い。
その時々に耐える事は出来ても、いつか自身に言い訳を述べて負けてしまう。
私はそうやって破滅してきた人間を幾人も見てきたよ。
だからお前さんにはこうやって何回も釘を刺すのさ。
変わらない事の大切さ、変わらないものの価値の重要さを。
自分自身への戒め――自戒も込めてね。
さあ、暗い話はこの辺にしておこう。
明日はお前さん達の大切な日だ。ゆっくり休むがいい」
穏やかに微笑むとログハウスのカギを俺に渡して踵を返すスコット。
憂いを帯びながらも去り行くその背中に対し、そっと一礼する。
人に何かを期待する時、人は自分自身を棚に置き己が理想を投影する。
それは民衆の強さであり弱さだろう。
だがスコットは頑張らなくていいと言う。
誇張されない等身大の俺を見て、変わらない事も大事であると語る。
俺はこの時――この先誰が何を言おうと、この男を尊敬することを決めた。




