おっさん、頼りに思う
「「「お帰りなさいませ、領主様」」」
領主の館正面の大扉に一歩踏み入れた瞬間――
俺達は声量に込められた熱意とでも呼ぶべき圧に押される。
何故なら広めのホールにはこの館で働いていると思しき従業員が勢揃いをしており、俺達の姿を認めるや一斉に丁重なお辞儀をしてきたのだ。
その中には知った顔もあったが知らない顔も多い。
おそらく俺達が不在にしている間に入村した新たな住民なのだろう。
いつぞやの精霊都市大使館を連想させる光景。
まるで酩酊したかのように頭がクラクラするのは酸欠ではあるまい。
うむ、まるで場違い。
こういうのは本物の貴族階級が受けるべき待遇である。
哀しい事に俺は根っからの庶民なので似合わないことは自覚している。
批難がましい意を込めてスコットを横目で睨みつけるも、どこ吹く風で涼しい顔のままだ。
なので小声で咎める事にする。
「おい、どういうことだよ!?」
「なにがだ?」
「この対応だよ! こんな派手にしなくとも――」
「はあ……あのな、ガリウス」
「なんだ?」
「さっきも言ったがお前さんはここの領主だ。
確かに代官として私が領内業務を担ってはいる。
だが――本来彼らを治めるべき主はお前さんなんだぞ?
それに中には直接顔を知らない者もいる。
ならば今後の統治の為にもしっかり顔通しと上下関係は分からせるべきだ」
「そ、そうなのか?」
「そういうものだ。
ほら、皆が発展目覚ましいノーザン領の領主にして王都の最も新しき英雄であるお前さんの言葉を待ってるぞ?」
狼狽する俺にスコットは左右非対称な笑みで応じ促してくる。
くそっ……うまく乗せられた気がするが仕方ない。ここは腹を括るか。
俺の経験上の話になるが、こういう時に上役があまり砕けた感じで接するのは却って良くない結果を及ぼす。
前々から俺のことを知る者はいいのだろうが――見知らぬ者にとっては舐めて掛かってよい職場であるとの認識が無意識下で成されるからだ。
そうなると仕事を怠けるだけならまだしも、横領や窃盗などの犯罪行為に手を伸ばしやすくなる。
ここは憎まれ役を買ってでも少し厳しめにいくか。
俺は瞬時にマインドセットを行って心を静めると、頭を下げたままの彼らに声を掛ける。発声に少しばかり威圧を含めて。
「皆の衆――面を上げよ」
気に当てられたのか、ビクッ――と頭を上げて直立する一同。
最初からあった英雄視や好奇心、あるいは同行している女性陣に対しての興味本位な感情に溢れていた視線や雰囲気が委縮していく。
ああ、闘争に不慣れな者に対しこのプレッシャーは強過ぎるか。
しかしこうなれば後には引けない。
俺は表面を取り繕い平然とした顔で語り始める。
「夜遅くまで出迎えご苦労。その気持ち、嬉しく思う。
しかし初めて会う者も中にはいるな。改めて自己紹介をしよう
ガリウス・ノーザンだ。
恐れ多くもリヴィウス陛下に任ぜられたこのノーザン領の領主にして、諸君らの雇用上の主でもある。
自分が諸君らに求めるものは唯一つ――
己の責務を全うせよ。
いかなる理由があろうと過度な怠慢や他者を卑下する行為を自分は好まん。
つまりは仕事に励み、同僚を愛せ。
厳しい事を言ってはいるが、皆が励むならば好待遇を約束しよう。
とはいえ……管轄下のほとんどは代官であるスコットに任せてはいる。
何かあれば彼を頼る様に。以上だ」
軽く手を挙げ解散を促すと、蜘蛛の子を散らすみたいに――というのは大袈裟だが、失礼のない範疇で慌てて一礼し仕事場へ戻る彼ら。
どの顔も少々引き攣った顔をしている。
少し薬が効き過ぎたようだ……悪い事をしたな。
溜息をつきたいのを堪えスコットに尋ねる。
「――これで満足か?」
「なにがだ?」
「惚けるなよ、まったく。
中にいたんだろう――間者か、それに準ずる奴が。
新しく出来たばかりで急成長を遂げている領内だ。
他領からすれば新参者が幅を利かせている状況を好ましくは思わんわな。
となれば内政や財務事情に探りを入れてくる。
勿論、直接繋がっているような者は雇用段階で調べているからいないにしても、小遣いを貰ってうっかり情報漏洩をしてしまうくらいな危険度は孕んでいる。
お前はそれを懸念して俺に釘を刺させた――違うか?」
「さて、な。
真相は霧の中――神のみぞ識る、といったところか」
肩を竦めて何の事やら分からない、と韜晦するスコット。
まったく俺まで上手く使いおってからに――しかしこういった腹芸を、顔色一つ変えずに出来ないようでは海千山千の商人の相手や魑魅魍魎が跋扈する貴族社会の荒海は乗り越えられないのだろう。
頼もしさの反面、若干の恐れを抱きながらも――
領内を仕切るスコットの手腕を頼もしく思うのだった。




