おっさん、努めて平静
「よ~し、こっちも据えちまうぞ!
急造だからバランスには配慮するけんど、揺れるかもしれんからな!」
「りょ~かい。足元に気をつけろよ~」
「おう!」
腕利きの職人達による建築系スキル並びに土壌魔術により、聖域都市を囲む様な石垣が急ピッチで築き上げられていく。
諸国連合麾下のお抱え職人である彼らは城塞築城関連のスペシャリストだ。
半日で城壁を造れ等という、こういった無茶な要望にも嬉々として挑戦してくれる頼もしい人材である。
様々な国々から選出された彼ら。
その構成要員も実に多種多様であり、豪快な土妖精の建築士が怒鳴っていたかと思えば、負けじと怒鳴り返しているのは何と妖精族の現場監督である。
下請け作業をこなす巨人族や人馬族などを指揮する采配は実に鮮やかだ。
繊細でありながら巧みに組み上げられていく石垣とそれを上空から監視し破綻の無いように見守り的確に指示を出す。まさに適材適所。
この調子ならば【選別の竜巻】を失い無防備な姿を晒すようになった聖域都市の防備も滞りなく補ぎなう事が出来るだろう。
「ガリウスさま?」
そんな事をつらづら考えていると、手が止まった事を不審に思ったのだろう。
涼やかな鈴の音みたいな声の主が不思議そうに尋ねてくる。
我に還った俺は弁解するように慌てて返事を返す。
「これは失礼しました、ルリア・フォン・イシュガルド子爵令嬢」
「あらあら、ガリウスさまったら。
もう忘れてしまいましたの?」
「何か不敬が?」
「いいえ。違いますわ。
先程、わたくし告げたと思いますの。
お父さまの名代で来ている以上、敬称は不要ですと。
だから――どうかルリ、と。呼び捨てて構いませんわ」
「しかし……仮にも上位貴族の御令嬢を捉まえてですね」
「それも、ですわ」
「はい?」
「今はまだ非公式ですけれども――
ガリウスさまは此度の聖域都市の橋頭堡、前線拠点化の功績を以て陞爵されるご予定ですわ。そうなればお父さまと同じ子爵。
当家の嫁ぎ先としても相応しい御家柄ですもの。無下には出来ませんの」
「と、嫁ぎ先――!?」
勝手に話が進んでいくような危機感を覚え思わず叫ぶ俺に見た目通りのほほんと、しかし小悪魔じみた微笑を浮かべて応じるルリア――ルリ。
彼女は諸国連合軍のロジスティックス、その中でも物流関連部門を統括しているイシュガルド一門の人間だ。
容姿端麗で可憐なドレスが似合いそうな妙齢の女性。
春風駘蕩というか、どこか掴みどころのないおっとり系美人さんでもある。
彼女との馴れ初めは数時間前の事だ。
領域制圧拠点級魔神をどうにか討伐し聖域都市を解放した俺達。
駆け付けたシア達とラナが睨み合う一触即発の事態が起きかけたが……ミズキの取り直しにより何故か打ち解け合ったらしい。
らしい、というのは後から聞いた話だからだ。
情けない事に俺はシア達が辿り着く前に【聖天法】の反動で昏倒してしまった。
意識を失い心配された俺だったがフィーの診断により心身疲労による一時的な全身衰弱と診断され安静隔離。その後はリアの伝達魔術によって諸国連合に任務達成の報告が成されたとのこと。
それはもう、お祭り騒ぎだったらしい。
一週間も音信不通で任務どころか生存も絶望視された状態からの達成報告。
浮足立つ諸国連合軍だったが予め幾つかのパターンを対応方針として協議されていた為、迅速に動き始めてくれた。
その第一が聖域都市の拠点化だ。
以前にも述べたが、この聖域都市は【無の砂漠】を介し魔族支配領域と隣接しているという立地条件なのだ。
聖域都市が今回無事に傘下に入った事により今迄守勢に入らざるを得ない連合軍が初めて攻勢に入れるかもしれない千載一遇の好機。
確かに軍事の専門家でなくとも歓声を上げるだろうな。
そうして始まったのが壮大な物流搬送と人材の転送である。
こうしている間にも次々と諸国の精鋭や戦略物資が聖域都市を遮る結界の喪失によって可能となった大規模転移術により搬入されていく。
理路整然と流れるその様は芸術的といっても差し支えない。
覚醒後、思わずその流れに見惚れている俺に声を掛けてきたのがルリであった。
伝達魔術で繋がって連絡は行えるも各自忙しく動いているメンバーに代わり、楚々たる自己紹介後に現在の諸国連合の動きを的確に説明してくれた。
そして俺が収納スキル持ちという事は全てバレてるので今は彼女に同伴してその補助を行っている最中である。
長い瑠璃色の髪をアップにして、クリップボードとペンを片手に次々と運ばれる物資を淀みなく捌いていくルリ。
いかにもお嬢様然とした容貌から窺えない、乗馬にも使えそうなパンツルックがよく似合ってもいる。TPOをしっかり弁えてるのは好感が持てるな、うん。
ただ……何というか彼女、それとなくであるがアプローチを掛けられているような気がするのは俺の自意識過剰だろうか?
交し合う目線や何気なく触れ合う指先に無性にドキドキさせられるのだ。
いかんいかん、婚約者のいる身で何を心揺れている。
けど意識はしてないが絶対無自覚な小悪魔系だぞ、この娘。
出会ったばかりだというのに……
妙に男の琴線に触れる物言いと態度に当惑させられっ放しである。
俺は溜息を吐き深呼吸し、努めて平静さを装いながら――
忙しく都市全域を動き回るルリのサポートに入るのだった。




