幕間~インタリュード~
そこは何処とも知り得ぬ辺域を超えた異界。
高レベルの観測魔術とて計測できぬそこはまさに現代の秘境と呼ぶに相応しい。
周囲を虚空に阻まれ容易に近付けないという最悪の立地条件の中――
場違いにも優雅に円卓を囲み話し合う異形共がいた。
「――すみません、遅くなりました」
「あらあら。
随分とお早い御着きですこと」
「皮肉はよせ。彼は仕事をしてきたのだ。
怠惰を貪る貴様とは違う」
「お言葉ですが閣下、余裕がないのは皆一緒でございます」
「各々為すべきことを為せねばならないのでな」
「大変申し訳ない。会合に遅れたことは深くお詫び致します」
「まあまあ、諸君。我らが揉めても誰も得をすまい。
ここは拙者の顔を立てて、どうか穏便に」
「汝には借りがあるでな」
「同意」
「うむ。話を続けたまえ」
「それは重畳。しかし本当に心配したのだぞ、聖者殿。
して、かの新しき英雄への勧誘は――
まあ、傍らに彼がいないことで結果は明白か」
「これについては計算外だったと弁解しましょう」
「ほほう?」
「かの英雄ガリウスは絶望を知りながら、なお足掻く者。
不屈の起源覚醒者にして勇者一族の末裔でした」
「何と」
「面倒じゃな」
「未来を識る、わたしの勧誘に揺れぬ心……あれは厄介です。
仲間にならぬなら早急に潰すことを勧めます」
「ふむ。
忌まわしき【七聖】共も暗躍しておるようだしな。
それが一番間違いのない道じゃな」
「困るな。シナリオに干渉できる力の持ち主は貴重なのだよ。
結果は変わらずとも過程は大事だ」
「そういう意味ではあの魔導学院の魔人も惜しい存在だね。
全てを嘲笑う外なる神の使徒とはいえ、いかようにも使い出があった」
「制御が離れた今、新たな頸木を必要とする。
それはそれで労力を取られるものよ」
「良いではありませんか。
我ら九界の戒めこと【ナインライヴズ】が【八戒】となるだけです。
七つの福音を誇る【七聖】を相手取るには不足ないでしょう」
「確かに」
「それこそが我らの大義」
「最善を尽くしても免れぬ未来。
終末の刻は間近に迫っていますからね。
計画も最終段階に移行します」
「ふむ。
隻眼の武神。
葬弔の聖者。
辺境の妖帝。
悪魔の将軍。
邪龍の使徒。
更には魔神の女王に魔族の王侯、か……
揃いも揃って錚々たる面子よな」
「何を仰るのだか。
貴方様こそ一番恐れ多いというのに」
「そこはまあどうか内密に、な」
「いずれにせよ、聖域都市が墜ちた以上――人族は侵攻を進めるでしょう。
かなりの深度まで魔族領域に迫るでしょうが、宜しいですか?」
「構わぬ。
既に手は打ってある」
「ならば重畳。
まずは分かりやすい終点を設けてそこを目指して貰うとしましょう。
今は邪魔の入らぬ僅かな時間ですら貴重なのですから」
「では各自、予定通りに――」
「「「「「「新しき清浄なる世界のために」」」」」」
唱和の声と共に立ち昇る転移魔方陣。
円卓に並ぶ面々を、あるべき場所へと送還する――世界に混沌を齎す為に。
徐々に人影が消えていく中、魔神の女王と呼ばれた者がソーヤ・クレハに問う。
「時に――聖者よ」
「何でしょうか?」
「汝に貸し与えた者らはどうした?」
「……すみません。
わたしの力が及ばず――全て討たれてしまいました」
「ほう。それはもしや?」
「ええ。かの英雄――
否、怨敵ガリウスの手によって」
「領域制圧拠点級魔神を単独で退けるとは、な……
フフ、面白くなってきたわ」
「それはどういう――」
結果を聞くよりも先に転移陣が発動、瞬く間にその場から消え失せるソーヤ。
残された魔神の女王こと暗天蛇ミィヌストゥールは独り愉悦の微笑を浮かべる。
予言みたいに謎めいた言葉を睦事のように囁きながら。
「運命が汝を選ぶのか。
因果が全てを押し流すのか。
果たしてどちらに転ぶか――これまた一興よのう」




