おっさん、勝利を祝う
……夢を、見ていた。
まだ少年を脱していない幼い俺が、生まれ育った村をまるで夜逃げするように旅立った時の事を。
あれから――既に20年以上の月日が流れたのか。
過ぎ去った日々を振り返り、愕然とまではいかないが改めて驚く。
物語の英雄に憧れ一旗揚げてやると息巻いていた……愚かしくも純粋な頃。
当時の俺は、自分が特別であると……何かを成し遂げられる存在であると本気で信じていた。
己の――いや、ヴェルダンディ一族の使命から眼を背けて。
長老達が語る大器晩成型という言葉を才能が無い自分に対する慰めに過ぎないと疎ましく思い、不甲斐ない己自身を信じ切れなかったというのに。
無論、世の理は簡単ではない。
その後に待ち受ける数々の冒険――そして出会いと別れ。
【冒険者としての登録】
今にして思えば生意気で粋がった田舎者をよくもまあ受け入れてくれたものだ。
巷に溢れている英雄譚ならともかく、実戦経験のない新人なんぞ幾ら剣の腕前があった所で大した存在ではないのに……共に戦う者として対等に扱ってくれた。
【初依頼、集団討伐戦】
足手纏いの新人を抱えながら冒険のイロハを教えてくれた隊長。
死なずに済んだのは臨時編成とはいえ先輩冒険者だった隊長のお陰だ。
慎重でありながら豪快な彼の教えは今も根深く俺の行動指針に根付いている。
【魔力の覚醒、夜明けの出会い】
全滅戦。
騎士団の既得権益の為、捨て駒にされた討伐隊の皆。
新人で一番若い俺を逃がす為、文字通り肉壁となってくれた人々。
献身ではなく当たり前の事として受け入れる。
次に繋ぐものとして。
崇高なその想いは未だに心に刻まれている。
夜明けを呼ぶ【コールドゥン】覚醒と救助隊を率いた師匠との出会いと一緒に。
【師匠との修行、セラナの護衛】
俺の黄金期。
栄光と挫折に満ちた隣り合わせの青春。
共に過ごせた日々はどれだけ時を経ても色褪せない。
【放浪、現実】
黄泉還りの神秘を求め世界中を放浪した。
超越者【アリシア】らとの邂逅、変えられない過去。
現実を受け入れられず荒れた時期もあった。
それでも――腐らずに歩めて来れたのは、支えてくれた人々がいたからだ。
道中寄った故郷では俺を見送ってくれた幼馴染が所帯を持ち既に子供がいた事も大きな要因の一つかもしれない。
凱旋すると息巻いていたのに片や落ちぶれ、片や家庭を築き立派に生きている。
酒に溺れている自分が恥ずかしくなり……正しく生きようと決意した。
【昇格、繰り返す日々】
冒険者として自分が何を為せるかを課した日々。
腐れマウザーの持ち込む厄介事の対処にメイアとの円熟した恋愛。
充実した毎日であり何気ないこの日常こそが大切であると気付かされた。
未だに納得がいかない事もあったが。
【パーティの結成、そして今へ】
孤児であったフィーとの出会い。
計らずもそれはヴァレンシュア婆さんと共に盛り立てた孤児院設立へ繋がる。
見習いであったリアとの出会い。
導師試験の現場監督として、あるいは先を生きる者としての教え。
新人であったシアとの出会い。
俺の名を騙る新人潰し捕縛騒動から始まるパーティの結成。
本当に地味な、下積みとしか言いようのない依頼の積み重ね。
それはやがて人々とギルドの信頼を得る事へ繋がり俺達は名を馳せていく。
幸運にもしっかり身の丈に合った力をつけながら。
最難関であったエクストラダンジョンの攻略。
辺境を荒らすドラゴンの討伐。
復活した死霊王の再封印等々。
シアの勇者任命と俺の追放劇、そして魔神との因縁からの婚約騒動。
苦悩と煩悶、何より絶望を識った。
思い返す度に湧き上がる羞恥と後悔。
けれど――自分の中にある確固たる基軸は折れていない。
地に希望を、天に夢を取り戻す。
夜明けを呼ぶ豪華絢爛たる死を招く舞踏の伝説そのままに。
その為にも俺はまだまだ戦い続けていかなくては。
――って、これってまるで走馬灯みたいじゃないか!?
昔の事を延々と思い出しながら語るなんて縁起でもない。
リアなら「フラグ立てがどうこう」と煩く指摘されそうだ。
夢であることは既に自覚しているので、早く覚醒するよう俺は慌てて起き出す為に意識を向ける。
途端、身体を襲う凄まじい倦怠感。
ヴェルダンディ一族の御業を使った後遺症だ。
指を動かすのも億劫になる程だが、ロストしていないだけでもマシか。
苦労して眼を開ければ視界一杯に広がるのは涙を浮かべたラナの顔。
どうやら意識を喪った俺を見つけて保護、膝枕をしてくれていたらしい。
「……ただいま」
「おかえり……」
涙が零れるのも厭わず頭ごと抱き締められる。
心配を掛けたのは事実だ。
せっかく再開し和解できたのに再度喪う可能性もあった。
賭けともいえるその全てに勝って今の状況がある。
僥倖ともいえる幸運に感謝しながら、それでも俺は問わずにいられない。
豊満とは言えないけど形の良いラナの胸の感触。
本人に知られたら確実に怒られるであろう極上のそれを堪能しつつ、俺は手を伸ばして優しく髪を撫でながら尋ねてみる。
「奴は……ダイダラボッチはどうなった?」
「貴方のお陰で完全に消失したわ。
督戦役であった領域制圧拠点級魔神の消滅に伴い妖魔群も完全に迷走。
今は狂奔から醒め逃走に移っている最中。
貴方のお仲間が追撃戦に入ってるけど……追っ付けやってくるでしょうね」
「そうか……」
第一目標であった聖職者の確保、参戦は叶わなかったが……
戦略目標であった聖域都市の確保はどうにか達成できたか。
ここは魔族の支配領域に最も近い人族の都市。
選別の竜巻などの数々の加護を喪ったとはいえ橋頭堡、前線拠点としての役割は十分果たせる。
また聖地であるが故に人々の心の拠り所としての在り方も今後問われるだろう。
この地を死守する為、傍観していた多くの人々が参戦してくれるに違いない。
信仰心を秤に懸ける不信者まがいの行為だが背に腹は代えられない。
人類敗北という暗黒の未来を回避する為なら使えるものはなんでも使う。
例え数年後に迎える絶対的な破滅【カタストロフィ】……
法輪世界そのものに訪れるかもしれない回避できぬ終末が控えていたとしても。
暗澹たる事を独り黙々と考えてるとその唇が強引に塞がれる。
驚きに眼を見張ると膨れっ面をしたラナ。
まじまじとこうして見直しても可愛い、綺麗だと思う。
「私が目の前にいるのに、他の事を考えてたでしょう?」
「いや、それは――」
「貴方がそういう人だってことは重々承知してるわ。
でも……今だけはいいんじゃない?
難関を乗り越えた勝利の余韻と、私と……再開した喜びに浸っても。
それとも――嫌?」
「そんな事ない!
俺の宿願の一つだよ、ラナとの逢瀬は。
そうだな……まずは君との再会を心から祝おう」
今の自分と境遇に自信が無いのか不安に揺れるラナ。
こういう自己肯定の低さは以前から全然変わっていないな。
あれこれ悩むのは後回しだ。
まずは目の前の女性を安心させなくては。
俺は安堵させるようにラナへ微笑みかけながらその唇に口付ける。
自分から求めてばかりだったせいか、急速に肩の力が抜けるラナ。
口だけでなく態度で示すのも大事なのだろう。
度重なる大魔術の行使と、前世を開示したプレッシャーで心身共に疲労したのか弛緩していくラナの肢体を包む様に抱きながら俺は前を見据える。
広大な砂漠の先。
聖域都市から走り出て来てこちらに手を振る仲間の姿が見える。
何も終わってはいない。
この一連の行動による軍部への引き継ぎや今後考えられる戦線の拡大、さらに皆に対するラナの説明など難題は目白押しだ。
しかし――まずはこの勝利を祝ってもいいだろう。
人族にとっては些細な一歩でも、俺にとっては代え難い出来事だったのだから。
元気いっぱいに己の為した偉業を誇るメンバーらに手を振り返しながら――
俺は束の間の平穏と安寧に、心ゆくまで身を委ねるのだった。
勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……
実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた(第八部 完)
いつもありがとうございます。
もう少しだけ続きそうです。




