おっさん、巨魔を一蹴
念法の異名を持つヴェルダンディ一族固有の絶技【聖天法】。
それは超常の奇跡を現界に顕現する禁忌の御業である。
裂帛の意志によって極限まで研ぎ澄まされた高純度の闘気を武術と組み合わせ、聖なる武具で増幅・強化する。
そうやって振るわれる業は、まさに奇跡と称されるに値する力を秘める。
無論単純に闘気を増幅・強化したのではアゾートと同様の効果に留まるだろう。
聖天法の冴えたるところは力の霊的な向上にある。
強大とはいえ通常なら物理的な現象に留まる各種の力。
それらを王冠・眉間のチャクラにより霊的昇華し、超常の力へと変換する。
そうやって変換された力【念】は万能にして概念を通り越したモノとなる。
位階を越えた存在を滅ぼし、救われぬ存在をも救う。
事象を書き換え、望む様に世界を扱うのが神々や世界を支えし龍の力なら――
因果や概念を断ち切り、ありのままの世界へと具象化するのが聖天法。
天には至らなくとも御使いクラスへと直結するといえばいいか。
故に位階向上による存在の昇華は亜神レベルの力を遥かに越えたものとなる。
まあ、難しく語るのもなんだ。
聖天法って凄い!
という認識くらいで構わないだろう。
どうせ――すぐに判明される。
「ここだと戦うのに邪魔だし皆を巻き込むな。
移動するか」
聖天法を発動させた事により驚異的な存在になった俺を認識したのだろう。
聖域都市へ向かう足を止め、こちらを向いて警戒する巨人……ダイダラボッチ。
俺は構える巨人に対し、無造作に念を込めて樫名刀を振るった。
途端、山程もある巨人の身体が宙へと浮き――そのまま彼方の砂漠に吹き飛ぶ。
別に大した業じゃない。
ただ念を斬撃が及ぼす剣風に乗せ、ぶつけてやっただけだ。
霊的な意義を伴わない物理的な力。
だというのに――これだ。
人の枠を大きく超えた衝動。
自分が手にした力に身震いしそうになる。
だが……今は巨人こと領域制圧拠点級魔神を斃すのが先決か。
俺は足に力を籠めると跳躍、ダイダラボッチの後を追う。
距離にして5キロは優に越えるだろうに……
あろうことか、今の俺はその距離をただの一歩で詰める。
空恐ろしい能力の向上。
加速する視界。
身動きできず砂地にめり込んでいるダイダラボッチ。
俺は愛刀を振りかぶると念を凝らしていく。
以前俺は位階差による障壁の話をした。
位階が掛け離れた相手に挑むのは厚く重ねた大きな羊皮紙(巨人)に、爪楊枝みたいに脆弱な攻撃(剣技・魔術)で相対するようなものだ、と。
余程巧い工夫を凝らさないと盾(位階差)を突破出来ない、と。
例えば、儀式による大規模突貫魔術などを使用すれば単純な力の量により盾を貫く事も可能だ。
しかしそれには多大な犠牲を伴うし、回避されたら終わりである。
では――聖天法ではどう対応するのか?
力の量でなく質を変えるのだ。
上記の例なら紙の盾に鋼鉄の剣を差し込むようなもの。
多少の霊的防護など問題とせず、本質そのものを打ち砕く。
そしてここで活きるのがイゾウ先生から学んだ神名真流でありその理念だ。
神に逢うては、神を殺し――
龍に逢うては、龍を殺し――
鬼に逢うては、鬼を殺し――
初めて解脱を得、物と拘わらず透脱自在の修羅となりにけり。
神名真流のこの理念は自身を縛るもの【執着】から離れて自由になる意味合いに取られがちだが、実際は違う。
悩みや迷いなど煩悩の束縛から解き放たれることは難しい。
なればこそ己が裁量にて全てを担う事で自由の境地に到達する。
要は超実戦的な対位階戦法であり一般の聖天法と画する。
だから俺は双方から学べるところは引用した、おいしい処取りを行う。
刹那を超える 雲燿 (うんよう)の間――
蒼白になるほどの精神統一の末、ついにダイダラボッチへ業を放つ。
「神名真流――【玖裂薙】!」
双刀から同時に放たれた聖なる念を伴った斬撃。
それは巨人の頭頂から足元までをなぞる様な軌跡を描く。
左右両方向に分かれ崩れ落ちそうになる巨人。
瞬時に再生しようと断面から双方向に触手を伸ばす。
しかし――それは叶わなかった。
聖天法により高められた神名真流【玖裂薙】による霊的な崩壊。
一度の斬撃に込められた九つの死……それは限定的ながら多重次元屈折現象すら引き起こし並列世界から呼び込まれ九つの異なる剣筋が同時に(わずかな時間差もなく、完全に同一の時間に)相手を襲うという回避不可の魔技。
そしてイゾウ先生も予想外だったのが双刀による波及効果の倍増。
即死耐性があろうとなかろうと同時に18通りもの意味消失を迎えた巨人にあるのは後付けされた絶対の死だ。
その身体が灰燼となり散って逝く。
更に並行世界の因果を強引に捻じ曲げた余波なのか空間が断裂――奈落にも似た虚ろな穴が虚空に出現。
再生や復元に繋がる存在の痕跡すら許さず、巨人を構成していた全てを吸い込みこの世界から永遠に消滅させていく。
全身を襲う凄まじい疲労感に意識を失い掛けながら――
俺はダイダラボッチこと領域制圧拠点級魔神に完全勝利した事を実感した。




