おっさん、信じられる
「そこでござるっ!」
「わんわん!」
忍術による連続高速体躯動。
精霊術による局所天候操作。
スキルや特技の違いはあれど自在に宙を舞うカエデとルゥ。
その声が同調したかのごとくハモる。
すると、一人と一匹により矢継ぎ早に放たれた投擲物及び天候操作による投石によって空を行く妖魔が面白いように撃ち落されていく。
その理由は明確で、カエデ達の狙いは妖魔各自の揚力を司る箇所のみに絞られているからだ。
巨大な翼を持つ翼竜や風を的確に捉える大蟻の羽も穴だらけでは作用しない。
徐々に失墜し忌々しそうに空を仰ぐも、カエデ達はどこ吹く風で通り過ぎる。
ダイダラボッチに急き立てられ次々と聖域都市へ押し寄せる妖魔の軍勢。
ガリウスを支えるべくパーティメンバー各自が分散し持ち場を守る中、カエデとルゥの受け持ちは自然と対空戦専属となった。
これはその効果を考えれば自然の成り行きである。
数こそ多くはないものの空戦ユニットは非常に厄介だ。
建造物という障害を苦もせず乗り越え破壊の限りを尽くされたら都市機構防衛の根幹にも関わってくる。
なればこそ、女性系忍者【くノ一】として元フロアボス【フェンリル】としての能力を十二分に発揮できるカエデとルゥが選ばれた。
無論、これが何もない平原であれば卓越した技量を持つカエデとルゥでも苦戦は免れなかっただろう。
しかしここは聖域都市。
信仰を支えるべく都市全域に張り出している無数の神殿柱が足場となった。
神出鬼没で狭い区間を超高速で動き回る一人と一匹はまさに猟犬と化して獲物を地べたへと叩き落としていく。
墜とした後の心配はしていない。
何故ならばそこに待ち受けるのは――
「は~い、皆様。こちらですわよ~」
フィーナの発動した巨大な聖壁【プロテクション】によって、主幹道を閉鎖され指向性を誘われてしまった妖魔ら。
その先に待ち受ける運命を知らず狂奔に駆られるまま都市外部から大聖堂跡地へと導かれていく。
通常ならば突進により砕けてしまうであろう聖壁。
しかし今は猛進する妖魔らの勢いに負けず決して揺るがない。
神に愛される才能だけでなく信仰という心理面が強度に反映される祝祷術。
それは大斧を構え彼女を専属で守護するミズキの影響もあるだろう。
しかし一番は自身の積み上げてきた日々に対する自負の念だ。
結界術ではなく回復術でなく防護術を極めた果ての効果。
弛まぬ努力による成果は今ここに成就為されていた。
巨大な檻と化した大聖堂跡地に次々押し寄せる妖魔の群れ。
そこは最早死地であり無慈悲な洗礼が待ち受ける処刑場である。
「ん。時は満ちた。
今こそ来たれ、裁きの時よ――」
どこか物語掛かった台詞と共に離れた高台から術式を解放するミザリア。
都市全域を染め上げる眩い閃光。
次の瞬間、凶悪な妖魔の群れはその悉くが絶命――地に倒れ伏していた。
恐るべきは禁呪である核融合術式から余剰効果を展開させた賢者としての才覚。
リアは敢えて高度な術式演算を簡略化する事によって、膨大な輻射熱を生み出す過程を省略し致死量の放射線のみを局所的に短時間発生させていた。
厚い装甲に守られた砂漠の妖魔らも自身を透過する放射線は防げないからだ。
熟練の剣士の斬撃を跳ね返す殻も、一流レベルの攻撃呪文にすら耐える被膜も等しく光線によって貫かれ細胞を強制破壊され即死した。
勿論、似たような術式はこれまでもあるにはあった。
だがこういった系列の術式の問題は、発動後【死の汚れ】と呼ばれる土壌汚染が深刻になっていったので研究は断絶されていた。
対軍級大規模術式とはいえ導師と呼ばれるハイクラスレベルなら他に扱える術は無数にあり効率が良いからだ。
けれどそこでリアは考えた。
生み出された無数の放射線――その重さはで0である、と。
ならば重さに比例し負担を増す転移術式と組み合わせて有害な放射線を全て発生した傍から転移させてしまえばいい。そう、人の領域外である【宇宙】へと。
この発想に至ったのは似たような経緯で制約をクリアしているガリウスを間近で見ていたのが大きい。
これにより使い物にならなかった致死放射線術式【ギザ・ファラオ】は、必殺の対軍魔術となりリアの奥の手へと成り立ったのだ。
放射能汚染の無いクリーンな大量殺戮魔術。
まあ巻き込みや万が一の効果領域オーバーを考慮した場合人気の多い箇所では扱えないという制約がある為、都市部では今回の様なケース以外では使いようが無いというのが難点ではある。
こうして次々繰り返される致死放射線術式【ギザ・ファラオ】によりその数を減らしていく妖魔らだったが多勢に無勢。
祝祷術や魔術の構成範囲から溢れ出てしまう妖魔は必ず出る。
そういった妖魔らを専属で狩るのが鬼神と化したアレクシアである。
神代の防具である【君主の法衣】を身に纏うその力は凄まじいの一言であり、今迄消耗を恐れて同時発動を控えていた【魔法剣】をマルチタスクで属性ごとに扱い斬り込んでいく。
斬撃そのものに致死効果を付与するだけでなく、装備者の疲労や喪った魔力すらも自動回復するその加護はまさに【魔剣の勇者】の名目に相応しい。
シアが両手を振るう度に刈り取られる数多の命。
そんなシアでも間近に迫ったダイダラボッチの威容には恐れを抱く。
地震のような地響きを上げて迫るあまりに大き過ぎる異形の巨人。
果たしてあんなものに人は勝てるのか……?
誰しもが抱く当然の疑問。
だが――シアは微笑む。
恒常的に浄化されるも無数の返り血を浴びた凄惨な姿で。
物語終局に訪れる、当然の結末を望む童子のように純粋な笑みを。
「だっておっさんだもの……
おっさんはボクの英雄であり目標、いつも不可能を可能に変えてきた。
信じているからね、ガリウス!」




