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おっさん、肚を決める


「望遠投射術式【ヴィジョン】を広範囲で展開した。

 これで少しは動向を窺えるはず」

「助かる、リア」


 震える指先を頑なに握り俺達の前に立体映像を展開するリア。

 俺は感謝の言葉を掛けながらリアの肩を軽く叩き労う。

 地震と見紛う程に凄まじい振動を起こしながら進むダイダラボッチ。

 周囲が耐衝撃に優れた砂地だからこそ直接的な被害は無いもののアレがこの聖域都市まで来たら瞬時に壊滅するのは間違いあるまい。

 それではわざわざ危険を冒してまで潜入した意味が無くなってしまう。

 この潜入作戦の行動指針であり最終目標は二つ。

 一つ、この聖域都市にいる聖職者ら祝禱術の遣い手たちを味方に付ける事。

 二つ、それが叶わぬなら対魔族戦の橋頭保、前線拠点として協力を仰ぐ事。

 聖域都市は北方に居を構える魔族らの支配領域に隣接している。

 魔族も砂漠を横断することによる消耗を避けている節があり、侵攻ルートが限定されているのをどうにか防衛しているのが連合軍の現状だ。

 ここを抑える事が出来れば逆侵攻を可能とする強襲作戦も今後練れるだろう。

 未だ沈黙を保つ都市の内情を探るという目的もあったが、この二つのいずれかが達成できないとなれば貴重な時間を無駄に過ごしてしまった事に繋がる。

 

「ちょっ、アレを見てよ!」

「ヤツの足元でござるな」


 シアの指摘にカエデが首肯する。

 最悪な事に領域制圧拠点ルーク級魔神だけでなくダイダラボッチと化した奴に追い立てられるように妖魔の大群がこの都市を目指していた。

 上半身が猿、下半身がサソリという異形の半蠍妖魔【ギルタブリル】。

 刃先が通らぬ滑りを帯び厄介な消化液を吐く巨大な多毛類【サンドウォーム】。

 邪視【イビルアイ】と称される視線に猛毒を孕む多足爬虫蛇【バジリスク】。

 その他諸々、どこにこれだけの大群が潜んでいたのかという数だ。

 奴等が目指すのは結界の消えた聖域都市。

 行き場がないのもあるがこれを機に暴れ回りたいというのが理由か。

 勢子に追われる獲物というより嬉々として聖域都市へ突撃して来ている。

 破壊衝動の塊の様な奴等の侵入を許したら、ダイダラボッチの到来を待たずしてこの都市は破壊され尽くすだろう。

 ソーヤは住民を大聖堂ごと転移するという文字通りの神業を行ったが聖域都市を支える資源や建築物はそのまま残されている。

 これらはこれからの戦いになくてはならないものだ。

 可能ならば守り通さなくてはならない。

 そして何より――


「あっ、見て下さいな!

 都市外周部に近づいた妖魔らが次々に粉砕されていきますわ!」

「ん。最高難度の攻勢防壁の展開を確認。

 並行して大規模戦術級魔術の発動……こんな事が可能なのは一人しかいない」

「なるほど、サーフォレム魔導学院の鬼札。

 魔人ノスティマ・レインフィールド――か」


 目敏く指摘するフィーの意見にリアとミズキが確証を以って賛同する。

 都市全域を囲むように矢継ぎ早に急ピッチで展開されていく数多の術式。

 規格外のそれらは魔術の粋を極めたと称される者だけが扱えるもの。

 隕石召喚【メテオストライク】

 火炎旋風【フレイムワールウィンド】

 致死毒雲【デスクラウド】

 達人級アデプトクラス術式の見本市みたいなそれらは迫る軍勢を足止めし壊滅させていく。

 眼を凝らせば宙を自在に舞う黒衣の麗人の姿を確認できた。

 迫る妖魔の軍勢を前に焦る訳でもなく淡々と詠唱を紡ぐその姿は、まさに魔人と呼ぶに相応しい。

 見る者によっては戦慄しか抱かないその姿に俺はそっと溜息を洩らす。

 何だ……こんなところにいたのか、お前。

 都市内部でなく外延部で、この都市へと進軍する妖魔らの足止めを担ってくれていたとはな……本当に助かるよ。

 共に潜入したのに行方不明、心配していただけに心から安堵する。

 しかし――


「だが……どう見ても多勢に無勢だな。

 さすがに戦域が広すぎる」


 俺が指摘した通りノスティマの放つ術式を潜り抜けた悪運の強い妖魔らが、都市外周部に齧り付き展開されている障壁の隙間を穿つ。

 このままでは遅かれ早かれ奴等の都市潜入を許してしまうだろう。

 何よりもの懸念はダイダラボッチだ。

 あいつがこの都市に辿り着けば全ては終わり。

 いや、ここで仕留めきれなければ今後の戦いに影を落とすのは間違いない。

 ならば俺に出来る事はひとつ。

 既に肚は決まった。


「リア――ダイダラボッチの近くまで俺を転移する事は可能か?」

「転移術は距離でなく重さに比例するから問題はない。

 ただ……何をするつもり?」

「――ヤツを斃す」

「正気なの、おっさん!?」

「無茶でござるよ!」

「何を考えているんだ、貴様は!」

「きゃうん!?」


 皆が驚きの声を上げる中、ただ一人フィーだけが俺の手を取る。

 ああ、そうか……

 フィーはヴァレンシュアの婆さんから聞いていたか。


「勝算は……あるのですね?」

「勿論だ。

 決して自暴自棄になった訳でも無謀な事を行う訳でもない」

「ならばもしや――アレを?」

「そうだ。

 ノルン……いや、ヴェルダンディ一族に伝わる【御業】を使う」

「今のガリウス様で耐えられますの?

 もし耐えきれなければ、貴方という存在自体が――」

「大丈夫さ、今の俺なら」


 心配するフィーの手を優しく外すと代わりに頭を撫でる。

 赤面し下を俯くフィー。

 美人で攻め好きの癖にいざ自分が攻められたり不意打ちには弱いんだな。

 ふと視線を感じると、不足そうに頬を膨らます皆の顔が視界に入る。

 そうか、皆もやってほしいんだな。

 無邪気な可愛らしさに微笑んだ俺は順次頭を撫でてやる。

 気持ちよさそうに眼を細め受け入れる仲間達。

 場合によってはこれが最後になるかもしれない。

 けど――そうはならないだろう。

 確証に近い確信を胸に俺は仲間達に今後の指示を出す。

 この聖域都市を防衛する為、力を尽くして戦って貰うと共に――

 俺自身が奴、ダイダラボッチと単独で相対する【場】を設けて貰う為に。






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