おっさん、図り損ねる
「ねえ……何か変じゃない?」
何が起きたのか未だ繋がったままの念話で素早く情報を交し合い仲間達も俺同様の結論に至った後――怪訝そうな顔をしたシアが首を傾げ違和感を口にする。
何気なしに呟いたであろうその言葉に、俺は焦燥に近い危機感を抱く。
時折口にするシアの直感は怖い程よく当たるからだ。
仲間は野生児だなんだと囃し立てある意味で本能の命じるまま生きているという意味合い(匂いフェチ)で本人も否定はしないのだが……俺の見解は違う。
亜神アリシアの話では【勇者】とはいつか神に至る器との事。
ならば恐らく魂の本質である絶対起源魂【エウテリル】が、主に差し迫った危機を避けるために警鐘を鳴らすのだろう。
唐突の転移展開に油断した訳じゃないが慌てずに周囲を探る。
そしてそのシアの言葉が間違いじゃない事に気付く。
「砂塵が……都市を覆う聖域結界、【選別の竜巻】がないよ!?」
「全て消え去っているでござる!」
「きゃうん!?」
そう、曇天の雲みたいに聖域都市を覆っていた砂塵の竜巻は消え失せ――
今は焼ける様に熱い日差しが全域に注がれている。
「ん。神の恩寵を支えるべき住人らが消えた以上、その加護も消える。
これはむしろ当然の結論」
「あれだけのものを維持するのにどれだけの力が注がれていたのでしょうね……
快適とは言えない環境を楽園と偽る為に費やされる執念。
違う宗派とはいえ、同じ教団に属するわたくしが言えた義理ではございませんけれど……いくら聖地とはいえ浅ましさを覚えてしまうのは感傷なのかしら」
「いや……悲しいことだな、それは」
どこか哀愁を帯びたフィーの言葉にミズキが慰める様に首肯する
リアの指摘通り、聖域都市の防衛機構を維持する神聖力は未だ信じ難いソーヤの大聖堂ごと転移と共に消失した。
そこにどれだけの等価が支払われていたのかは分からない。
ただこの地獄のような砂漠環境において唯一のオアシスであるここ聖域都市は【選別の竜巻】により陽の光は程良く遮られ吹き荒れる旋風は熱気を下げていた。
つまり快適な環境に保たれていた。
巡礼者にとって様々な危機を乗り越え辿り着く聖地。
荘厳な建物と別世界のように快適な空間と共に手厚く迎えられ巡礼による自身の信仰を讃え称賛されたら、簡単に深みに堕ちるだろうという事は想像に難くない。
しかし俺は目の前の事に囚われ真の脅威を図り損ねていた。
ソーヤが転移前に言い残したその意味をもっと真剣に考えるべきだったのだ。
よって一番最初に気付いたのはやはり本職であるカエデだった。
「皆の衆、アレを!」
カエデが指摘した先を見て皆が固まる。
遥か砂漠の果て――そこには山があった。
否、山だったものが鳴動し動いていた。
遠近感の誤差であると理性は否定するが――本能が是であると肯定する。
山から巨大な腕が多数生えて縦横無尽に周囲を掴み破壊を齎し、下半分はまるで蛇のように厭らしくのた打ち回って進路を阻む物全てを壊滅させ近付いて来る。
「あれはまさか――」
「ん。正直考えたくないけど、ここで折れたら賢者の名折れ。
よってここにミザリア・レインフィールドが宣言する。
観測史上二度目となる領域制圧拠点級魔神の降臨を確認……
しかもアレの母体となったのは多分、降魔霊峰ザオウ。
となれば伝承に謳われる――」
「山が胎動するかと見紛う圧巻としか喩え様の無いその質量。
川で手を洗うと民話に伝えられる大きさは果てしなく、どこまでも強大。
その姿はまさに闇夜に咆哮するもの――
いにしえの巨人こと【ダイダラボッチ】の再臨、か」
否定して欲しいと願いながら続けた言葉に、
リアは秀麗な貌に眉を寄せながらも深く頷くのだった。




