おっさん、戦慄と覚悟
「ガリウス・ノーザン……」
和気藹々とした雰囲気で愉快に念話を飛ばし合う俺達。
内容は分からなくとも何が起きているかは察せられるのだろう。
そんな俺達をどこか眩しそうに見詰めていたソーヤだったが――
何かを断ち切る様に首を振ると、明らかな敵意を以て俺へ話し掛けてくる。
「貴方は危険な男だ、ガリウス殿」
「そうか? こう見えて人畜無害を自認しているんだがな」
「戯言を」
仲間達から飛び交う「どの口で?」「ん。有り得ない」「天然でござろうな」「き、貴様という奴はどこまで……」「ここまで自覚が無いのは最早罪ですわ」「きゃう~ん」と念話を右から左へ聞き流しながら俺はソーヤの動向を窺う。
信仰心が人の形を成したような人外は珍しく感情的だった。
その要因は恐らく魔族と同化していたミズキの【浄火】にあるのは間違いない。
未だ絶大な神聖力を持つソーヤに付け込むとしたらそこだろう。
攻撃ならぬ口撃は意志が伝わる生物相手には非常に有効な対処法だ。
ローコストで大きなリターンを得られる。
いにしえの勇者の家庭教師が得意としていた伝説の口殺法は伊達ではない。
ただ……これにはリスクのある一面も含まれている。
相手の方が上手だった場合、論破や同調してしまう恐れがあるからだ。
そうなれば無論、ミイラ取りがミイラとなる。
まして相手は聖職者の最高峰。
信者相手に鍛え上げた【説法】の化け物。
ならば正面から相手はせず、チクチクと精神面を刺し少しでもアドバンテージを稼ぐのみ。
「貴方と相対していると……
愚かな自分自身が、いえ全てが否定されたような気になります」
「それはアレか?
かつて誰かを、何かを救えなかった理由とやらを正当化できないからか?」
「ええ、そうですね」
「――強いな。認めるのかよ」
「はい。勿論です。
彼女を――教皇を救えなかったのは、赦されざるわたしの罪。
贖うことが叶わぬなら、せめて背負うと決めたのですから。
……なのに貴方は見せつけるのですね。
救いはあったのだと、お前が間違っていたのだと」
「何を以て何を否定したいのだか、よく分からないが……
俺は自分がその時に出来る最大限の事をただ愚直に為すだけだ」
「それが心底気に障るのですよ。
同じ境遇で違う立場なら別の選択肢が生まれていたなど――わたしは否定する。
運命にすら抗い、理不尽を是としない不朽の闘志。
そんなものを肯定したらわたしの立つ瀬など消えてしまうのだから。
暗黒の未来を識る貴方は得難い隣人であり同じ傷を持つ協力者となる筈だった。
だが今や貴方という存在そのものが疎ましい。
わたしの望む未来に貴方は不要です」
「勝手に望み勝手に拒絶されてもな……
ならばどうする?」
「消えて下さい。我が配下【城塞】の導く災厄によって。
この都市もろとも――もう一人未来を共有する、あの忌まわしき女と共に」
「待て、それはどういう――」
「さようなら、最も新しき英雄。
この窮地を潜り抜け、もし次に相間見ることがあれば――
貴方とは敵同士、容赦はしません」
どこまでも穏やかな宣戦布告。
情緒を感じさせぬ抑揚がない淡々としたその言葉。
それが却って底知れぬ深淵を連想させられ――怖ろしいと思った。
と同時に爆発的な発光と共に景色が一変する。
最初はどこかに転移させられたのかと思ったが……違った。
遠くに見える荘厳な建築物や足元に敷き占められた大理石を見るまでもない。
奴は……ソーヤ・クレハは転移した。
莫大な神聖力で、自らを信じ付き従う信者が眠る【大聖堂】ごと。
その力がどれほど規格外なものなのか、今更ながら戦慄する。
奴自身の目的もあり、今回直接敵対はしなかった。
しかし、もし次があれば――何かを喪う覚悟は必要だろう。
俺は未来に待ち受ける漠然とした想いに不安を抱きながら……
広大な更地と化した跡地を見詰め、決意を新たにするのだった。




