おっさん、狼狽する
今回はフィーナ視点になります。
「ありがとうございました~またどうぞ~」
会釈と共に告げた私の言葉に、村人は笑顔で応じ帰路に着く。
初めて取り組ませて頂いたが――商売とは不思議なものだと思う。
屋台に並ぶ数々の品々。
これらは全て人の手によって加工されたものだ。
ただそこにあった物が人為的な手を加えられ売り物となる。
僅かばかりの金銭と引き換えに人は自由にそれを選び購入できる。
言うなればそれは幸せを運ぶ笑顔の対価。
私はそのお手伝いが出来る事に、喩え様のない高揚を覚える。
これは幼少の頃に施された教育でも教団での修行でも学ばなかったこと。
私が望んで経験する――私だけのものだから。
「疲れてないか、フィー?
朝からずっと立ちっぱなしだったろう。
この辺で少し休憩を取った方が良いんじゃないか?」
お客様を見送る私の何かが気になったのだろう。
隣に立つガリウス様が心配そうに声を掛けてくれる。
自身こそ狩りの後で疲れてるだろうに――微塵もそんな様子を見せない。
仕留めた肉を燻し始める準備をするシアに代わって店番を共にしている。
この人の仲間へ向ける観察眼は相変わらず鋭い。
前から体調不良を隠そうとしても直ぐに見破られてしまう。
確かに見えない疲労が蓄積されてきていると実感している。
けど、私はゆっくりかぶりを振る。
意地を張るのでない。
せっかく彼と二人きりで過ごせるのだ。
今はこの時間を大切にしたい。
「いいえ、大丈夫ですわ。
まだもうちょっと――頑張りたいと思います」
「ん~ならいいが。
あまり無理はするなよ?
そろそろ日差しが強くなってきたしな」
「あら、本当ですね。
わたくし――少々眩暈がいたしますわ(よよよ)」
「――だから!
わざとらしく、しな垂れ掛かってくるな!
一応作業中なんだぞ、こっちは!」
「ふふ、そうでしたわね。
すみません――悪ふざけが過ぎました」
少しばかり身体を寄せただけなのに、大慌てで狼狽するガリウス様。
そんな彼の姿はいつもの沈着冷静で落ち着いた年上とは思えず――
不謹慎だけど可愛いな、と思う。
意識して頂けるなら――
我慢をしないでもう少し自分を曝け出してくれても良いのですよ?
克己心に溢れる彼の態度は立派だけど……やはり不満を抱いてしまう。
自分が普通よりも勝る容姿を持っているとは幼少から自認していた。
けれど彼は私の外見でなくいつも人間性を見てくれる。
そこに不満はないけど……
シアやリアに比べアドバンテージが取れないもどかしさを感じてしまう。
聖女なんて役割を演じてるけど――私だって普通の女、俗物だ。
人並み以上に好きな人に振り向いてほしい。
なのにガリウス様は年長者としての態度を中々崩そうとはしない。
だからこそ彼が好ましいし、だからこそ少し切ない。
もっと――私達に踏み込んでほしいのに。
まあ、事を急いてもロクな事にならないのは既に学習済みだ。
今は静かに潜伏し、じっと機会を待つことにしよう。
心地よい風を満喫しながら横目で彼の作業を窺う事にする。
ガリウス様は村人から頼まれたランプの修理に取り組まれている最中だ。
貴族生まれで孤児育ちの私からすればそのランプは既に寿命を迎えているようにしか見えない。
しかしガリウス様に言わせれば、まだ仮死状態どころか狸寝入りしているだけとのこと。
自前の工具を広げ要所要所を丁寧に修理していく。
私はそんな彼の姿をボーっと見つめる。
穏やかで満ち足りた時間がゆっくり――ゆっくりと過ぎていく。
一瞬、勘違いしそうになった。
私はただの村娘で、彼は何でも屋の亭主で――
ごく普通に出会い――結ばれ、共に過ごす。
そんな淡く儚い夢を見てしまいそうに。
けど――私はそれが甘い幻想だと自覚している。
彼は英雄の定めを持つ者。
波乱に満ちた運命がこれからも待ち受けているのだ。
今のこの穏やかな一時はホンの僅かな休憩にしか過ぎない。
明日からはまた過酷な冒険が私達を翻弄するだろう。
だからこそ――今のこの瞬間を大切にしたい。
誰にでも優しいガリウス様の――
何よりも代え難い、特別になりたいから。
聖女として生きるフィーナの本音の部分、いかがだったでしょうか?
おっさんに恋すると報われるけど大変です。
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