おっさん、激情の咆哮
かねてから疑問に思っていた事がある。
この聖域都市を護る結界【選別の竜巻】……あれの動力源はなんなのか、と。
天空まで立ち昇り都市全体を覆い尽くす砂塵を纏う隔絶の竜巻。
それはありとあらゆる魔術的干渉を受け付けず、砂漠における唯一のオアシスであり聖人の生誕地でもあるこの地を巡って、血で血を争い合う歴史へ終止符を打つべく数多くの高司祭らを犠牲に生み出された代物だ。
神の御業の前に野暮ったい事を突っ込んではいけないのかもしれない。
しかし都市を統べる教皇の意向によって自在に生み出されてるだけでなく、通過する人々を自在に選別するという機能を兼ね備えている以上――
そこには何かしらの意図とエネルギーの推移が予測される。
リア曰く、どんな不可解な現象にも必ず理由と発生源があり得るからだ。
そして都市内部に潜入した俺はその一因を知った。
大聖堂で虚ろに横たわる人々。
彼らから僅かに漏れ出ていく生命力及び魔力……その行先は無論、都市中枢部。
ここに至り俺は理解した。
鈍い俺でも気付いたのだ、聡い仲間達も同様だろう。
――そう、この都市は内部にいる人々の命を糧に様々な奇跡を齎している。
普段信仰の名を借りて集積されたそれらは、個々は微弱とはいえ束ねて方向性を定めれば比類することなき戦略兵器と化し都市の外敵を排除するのだ。
その権限を持つのが教皇であり、現在は教皇代理であるソーヤ・クレハ。
魔族との戦争を前に前教皇は勇退しソーヤに全権限を委ねたと聞いてはいたが、それもどこまで真実なのか真相は闇の中だ。
大事なのは聖者の名を冠するソーヤがそういう立場にいること。
つまり彼と敵対するという事は5万を超える信徒と敵対する事に等しい。
どんな優れた武人や術者とはいえ多数には敵わない。
何故なら数は力だからだ。
真っ向から相対するのは愚策と言わざるを得ないし勝機を望めないだろう。
だが……小利口に立ち回るのは俺のスタンスに合わないのも確かだ。
肚芸を見せて裏をかくのが一番なのだろうが――
自分という骨子は変えられない。
ならば【想像神の使徒】を名乗る者達に、【世界を支えし龍の使徒】として意地を見せつけてやるだけである。
交渉という名を借りた弁舌の闘争は終わり、これからは刃を交える本物の闘争へと移行する。
瞬時に思考を切り替えると慈愛の微笑を浮かべるソーヤを前に、俺は最大最速で襲い掛かるべく瞬動に備え一歩を踏み出し構える。
筈だったのだが……
「う、動けない!?」
「きゃうん!」
「ん。これはまさか――」
「聖壁【プロテクション】の御業ですの!?」
「い、いつの間にでござる……眼を放した隙はなかったのに」
皆の当惑した様子に気を逸らされ意欲が削がれそうになるを懸命に堪える。
連動して戦闘に移行する仲間達はその場に縫い留められた様に身動きが取れなくなっていた。
眼をよく凝らせば彼女らを取り囲むように不可視の障壁……フィーが取り扱う【聖壁】の祝祷術に類似したものが複数展開されていることに気付く。
この戦法はパーティの初戦闘でシア達が行ったものに似ている。
強固な障壁で対象を囲み束縛するというものだ。
祝祷術……法術は基本、守りや癒しの分野に秀でている。
だが使い方によってこのような戦術を取る事も可能。
これの厄介な点はスキルや魔術と違い、事の起こりにラグが生じない。
祈りがその恩寵の域に達していれば即時に発動するのが祝祷術の特性。
一刻を争う事態に延々祈りを捧げている猶予はないからだ。
優れた聖職者は息をするよりも早く、自身の望む法術をこの世界に導くのが常。
つまりカウンターで防げない。
いつも恩恵を受けるばかりの祝祷術が敵に回った時の恐ろしさは、以前悪神を崇める邪教団を相手どった際に十分に思い知らされている。
ノンタイムで発動する回復の逆転、活力を奪う祝祷術には散々苦しめられた。
ならば……これらを踏まえてどうするか?
答えは簡単――常にそれを想定して動けばいい。
聖壁が俺を覆い尽くす前に俺は高々と飛翔。
前後左右から同時展開された聖壁、唯一の包囲網の穴である上から脱出を図る。
以前ヴァレンシュア婆さんから聞いていた法術豆知識。
鉄壁の強度で敵の攻撃を遮り味方の攻撃は自在に通す、不可視の聖なる壁。
ただこれにはただ一つだけ難点があるという。
それは何故か上空には展開できない事。
偉い奴等は信徒が天に歯向かわないように神が制限を設けたというが、あたしが思うにただの仕様の問題さね、とは婆さんの話だ。
飲みながら語り合ったどうでもいい与太話が土壇場で俺の窮地を救う。
積み上げて紡いで来た俺の歴史、人との結びつきが力になる。
俺は心からヴァレンシュア婆に感謝しつつ空中で抜刀。
着地ざまソーヤに肉薄し斬りつける直前に――吹っ飛ばされる。
恐らくはソーヤの祝祷術によって転移召喚されたその人物の一撃によって。
攻撃はいなし壁に叩きつけられる直前に受け身を取った為にダメージは皆無。
けどその人物が攻撃してきたという驚愕に認識が追い付かず――当惑・混乱。
激情が迸るまま件の人物に怒号まじりの疑問を叩きつける。
「いったい――どういうことなんだよ、ミズキ!?」
鮮やかな黒髪の、美女というよりはハンサムという形容が相応しい容姿。
スキルの特性上仕方がないとはいえ、抜群のプロポーションを肌も露わなビキニアーマーで覆い身の丈に匹敵する大斧を構えた女戦士。
昨晩、間近で接していた俺が彼女を見間違えるはずがない。
昏い瞳でどこか虚ろな貌をしたその人物とは――
まごうことなきミズキ・クロエ、当人だった。
本年度もお世話になりました。今年最後の更新になります。
来年も何卒、本作をよろしくお願いします。
追記
漫画版(1~2巻)も好評発売中です♪




