おっさん、対話へ臨む
「シア!」
「おっさん!」
声を掛け合い奮起した俺とシアは瞬時に臨戦態勢を整える。
現状、神代の加護を賜る武具を纏う俺達以外は戦力にならない。
何故ならば粛然と放たれるソーヤの言葉に含まれる厳威――
高位の位階存在が兼ね備える、威光とでも言うべき効果【ハローエフェクト】によって体が委縮してしまっているからだ。
龍の咆哮【ドラゴンロアー】にも似たこの力は本当に厄介で、その影響は対象の精神を通り越し魂そのものに響き渡り存在自体を打ち据える。
厄介なのは龍の咆哮と違い、魔術や祝祷術によるバフが利かない事だ。
人の生み出せし業では高位位階存在という格には及ばない。
よって打ち破る術は個人の持つ意志力に左右されるのだが……人という枠組みでそんな存在に抗えるのは鋼の闘志を持つ歴戦の勇士のみである。
俺だってミコンが急速展開してくれた精神防壁が無ければ危なかっただろう。
しかし各々の武具を構えようとする俺達を見てソーヤが取った行動は驚くべきものだった。
深々と謝罪したのだ。
聖域都市トップ――首脳陣にいる者が嘘偽りのない誠意ある謝罪を。
真摯なこの対応にはさすがに俺達も面を喰らい、油断せず武具に手を掛けたままだがソーヤの動向を窺う。
「これは失礼をしましたね。
わたしとしたことが自身の力が及ばす影響を図り損ねるなど……愚行の極み。
深く陳謝致します。さあ――楽にしてください」
心底申し訳なさそうなソーヤの言葉が掛けられた瞬間、這い蹲り喘いでいた皆の緊張が目に視えて解け、何とか動けるようになる。
奴の言葉通りの効果が個々の魂に反映されたのだろう。
恐るべきはソーヤの神聖力……何気なしに発した言葉にすら力が宿る。
まさに奴こそは歩く祝祷術、いや【奇跡】か。
呼吸すら満足に出来なかったようで皆は必死に息を整え始める。
ただすぐに立ち上がるのは難しいみたいで、膝をつき涙と涎を垂らしたまま顔を上げて俺へ申し訳なさそうに訴えてくる。
戦力になれてないどころか足手纏いになってしまう事を懸念しているのだろうが……馬鹿だな、俺達はチームなんだぞ。
目的を遂行する為には一心同体――そう、一人は皆の為に。皆は一人の為に。
借りだの貸しだのは無し、同格なのだから。
一人一人に目線と共に安心しろ、と微笑み掛けながら回復までの時間を稼ぐ。
何せ奴自身も対話を望んでいる節があるようだからな。
「その謝罪は受け入れよう、ソーヤ・クレハ。
つまり貴方は我々と対話する意思があると受け取ってよろしいか?」
「勿論ですとも、ガリウス・ノーザン……
いや、ガルティア・ノルンとお呼びすれば良いのでしょうか?」
「それは昔の名だ。
今はガリウスで通っている」
「ならば――ガリウス殿。
初めまして、聖域都市……教皇代理、ソーヤ・クレハです。
どうか気軽にクレハとお呼びください」
「恐れ多いことだな。教皇代理をファーストネームで呼び捨てるなど」
「ご冗談を。俗世のしがらみを気に掛けるようなお人でない事は重々承知です。
それに最も新しき英雄と名高き貴方とは……是非話してみたかったのですよ」
「王都で幾度か機会があったとは思うが?」
「ああ、あの時は衆人環視の下でしたからね。
本音で話せないならば意味はありません。
それにわたしの言葉と同格の瞳を持つ二人がいる場で真意――そう、神意を語るのは難しい。こうしてゆっくりお会いする機会を設けたのはその為です」
「俺達が来るのを予期していた、と?」
「勿論ですとも。
未来を見通す者同士、ぜひ言葉を交わしてみたいと思っておりました。
対話は大事です。
どうやらわたしたちの間には絶海よりも深く、霊峰よりも高い、誤解という名の隔たりがあるようだ。
だからこそ――共に語りましょう。
貴方とノスティマ殿がひた隠しにしている絶対的破滅【カタストロフィ】……
法輪世界そのものが迎える、回避できぬ終末について」
どこまでも友好的な微笑みと共に投げ掛けられるクレハの特大の爆弾に――
俺は舌打ちしたい気分を抑えず、双眸鋭く奴の心意を見詰め返すのだった。




