おっさん、脅威を理解
延々と続く階段を昇っていく。
血と狂想が染みついた壁面に綴られているのは教団に身を捧げた聖人の逸話。
警戒しながら横目で追っていくそれらが雄弁に語るのは弾劾と解放――
そして永遠に至る楽園への話。
今の教団がいかにして成立したかという歴史のタペストリーである。
どこまでが本当でどこまでが脚色なのかは定かでない。
ただ――宗教というものが一筋縄ではいかないものであるという苦悩は伝わる。
信仰とは生きる為の糧だと俺は考えている。
誰も彼もが自身を背負って生きていける程、強くはない。
だからこそ寄り添い協力し合っていく。
結婚と一緒で共に幸せになろうという志こそが宗教の根底にはあるのだろう。
だからこそ――分からない。
この聖域都市の住民は何を思い、あのような境遇に身を委ねたのか。
麻薬中毒者のように恍惚と夢見て伏せる彼らは幸せなのか?
俺はまず彼に問い質してみたい。
大聖堂最上階、教皇の間。
遂に辿り着いた俺達はその間に足を踏み入れる。
この教皇の間と階段を遮る扉はない。
来る者、迷える者、信じる者を拒まない――それこそが教団の教え故に。
そして目に入るのは祈りを捧げる一人の男の姿だった。
謁見を目的とした教皇の間、聖印の刻まれた中央部に片膝をつき拳を重ねて眼を閉じ、まるで瞑想するみたいに粛々と祈りを捧げる落ち着いた服装の聖職者。
年齢や容姿はよく分からない。
20~40代にも見えるしどこにでもいそうな平凡な顔立ちに見える。
しかし自然と纏う雰囲気は威厳と厳粛さに満ちていて荘厳ですらある。
ただ……俺は本能的に知っている。
彼の性質がもはや常人の域で収まらないものであることを。
太陽を見た者が思い描くのは太陽だ。
温かい、輝いているなどの感想はあるも……
そこに座す日輪の存在を訝しいと思う者はいない。
彼、福音の使徒【聖者】ソーヤ・クレハは最早人型の信仰心である。
人類というカテゴリーを逸脱していないものの、既にラベルとしての意味合いや概要しか意味を為していないのだ。
それ故に彼を見た印象は年齢不詳、容姿不明。
かろうじて性別が男性であるという印象しか残らない。
よく考えずともこれは恐ろしい事だ。
記憶に残らないレベルの現実改変能力……彼の真の姿を誰も捉えられない。
個人が想像する神の容姿を明確に描き出せる訳がないからだろう。
つまりもう……彼はその域に至っている。
俺達が来た事を察知したのだろう。
祈る事を止め、ソーヤが立ち上がり眼を開ける。
両手を広げ害意がない事を示し、そして友好的に声を掛けてくる。
「ようこそ聖域都市【エルサリア】へ……
歓迎致しますよ、皆様」
凛と、鈴のように心地良いとすら感じる深みのある声色から語られる言葉。
その瞬間、全身を駆け巡るのは最上級の戦慄――
(ガリウス!)
力を温存する為、今迄ずっと眠り続けていたミコンが強制覚醒。
常時展開されている【黒帝の竜骸】が持つ精神防壁の強度を跳ね上げる。
シアの纏う【君主の聖衣】も本人が意図せずに同様の反応が起きたのを見るに、それはもう現象と化した強制力なのかもしれない。
俺とシアを除くパーティメンバーは、皆一斉にその場に伏していた。
まるで赦しを乞う咎人の様に。
身を震わせる喘ぎを堪えるその姿に俺は事態の深刻さを認識。
心を凍らすほどに強い敵はいた。
対峙した中には恐怖で身を縛る存在すらいた。
しかし――対抗術式と己が魂を燃やす闘志によって対抗は出来た。
だが……これはもはや……
ソーヤの力の一端を俺は遅まきながら理解した。
瞳で未来を知り現実を改変する俺とノスティマ。
されど彼こと、福音の使徒【聖者】ソーヤ・クレハは……おそらく紡ぐ【言葉】によって現実に影響をもたらす、神聖力の化け物であるということを。




