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おっさん、怒り新たに


「各自、体調や装備に異常はないな? 動くぞ」

「了解!」

「わん!」

「ん。問題ない」

「拙者も同じ」

「いつでも万全ですわ」


 確認を促す俺の声掛けに元気よく応じるパーティの面々。

 衝撃的な推測の後だというのに活気に満ちたその返答は実に頼もしい。

 人によっては能天気とも取られるだろうが……皆のこういった気質は俺も見習わなくてはならないと毎度ながらに思う。

 想像する事は大きな武器だ。

 常に最悪を想定するのは生き残る為に必要な事だろう。

 けど悲観的に構えても事態は何も好転しない。

 楽観的でも最善を尽くす事こそが重要なのだから。

 何にせよ首謀者が誰であれ、まずは出方を窺わなくてはなるまい。

 意図的かどうかは分からないが、こうして無駄話をするだけの猶予(余裕?)を与えられている。

 俺達が都市の内部に潜入したことなど既にバレているだろうし、その上で自由にさせているならば……少なくとも敵対的ではない。

 すぐにどうこう排斥する訳じゃないのだろう。

 ならば――もう少し自由に泳がせてもらおうか。

 離れ離れになったままの(リアに探知系魔術を施行してもらったが消息は不明)ノスティマの行方も気になるしな。

 まあ――あいつの事だ。

 常軌を逸したチート能力もあるので大丈夫だろうが。

 目前に広がるのは大陸一の宗教を統べる総本山。

 湯水のごとく使われた金によって大理石や魔導建材で飾り立てられた人の信仰が織り成す光輝に満ちた約束の地。

 人の姿が無いとはいえ、その全容に畏敬の念を禁じ得ない。

 まったく……探索前から雰囲気に飲まれてどうする。

 各々にも促し深呼吸を一つ。

 よし、肚は決まった。

 俺達は最終確認を行うと無人と化した聖域都市の探索へ乗り出した。

 のだが――


「……なんだ、これは?」

「ホント。どうなってるの?」

「信じられないでござる」

「わう……」

「ん。想定外」

「まさか本当に何もないなんて……」


 カエデの探索スキルによって都市全域を把握しているとはいえ、障害となる敵やトラップに阻まれる事無く俺達は悠々と進み続ける。

 本来こういった都市は防衛に備えた迎撃システムを多数備えているのが常だ。

 だからこそ事前に危険個所は避けてはいる。

 しかし――全く何もないというのは、それはそれで不気味だ。

 こうして大聖堂内部に入ったというのに……本当に何もない。

 明らかに外敵排除の為に設置されたと思しきガーゴイルの前や、属性判別の為と思しき巨大な聖印の前を通った時さえも。

 荘厳で厳粛な造りをした巨大な建築物に俺達の足音のみが響き渡る。

 人々の信仰を集め神の御許へと届けるのが聖堂の役割。

 だが――支える信者のいない今、空恐ろしいほどの空虚さが際立つ。

 果たしてこれは誘い込まれたのか、あるいは――

 罠であることを頭の片隅に意識しつつも俺達はまず中枢を目指す。

 そこには予想通りの光景が広がっていた。

 本来ならば信徒が神に祈りを捧げる一大集会場である【祈りの間】。

 輝くステンドグラスが煌めく王都の闘技場を超える巨大な広間。

 そこに所狭しと等間隔で横たわっているのは数多の人々。

 どれだけの人数がいるか正確に把握できないが……

 まずこの都市の人口全てであろう事は間違いない。

 よく観察しなければ分からない程、微かに胸が上下しているので生きてはいる。

 ずっとこの姿勢ならば床ずれ(褥瘡)や栄養失調の恐れがあるが……個人個人を見るまでもなく消耗した様子はない。

 フィーとリアの推論は的を射たものであったのだろう。

 まるで巨大なモルグの様にも見えるが、独特の臭気などもないのだから。

 でも俺達はその異様な光景に我を忘れて立ち尽くしてしまった。

 何故なら規則正しく横たわる人々の顔は恍惚に呆けていたからだ。

 今にも涎を流さんばかりに歪んだ唇に視点の合わない半開きの瞳。

 現実から乖離し日常を夢見る彼岸の存在。

 脳裏に思い浮かんだのは、かつて訪れた貧民窟にいた麻薬中毒者達の姿だ。

 己の意志というものはそこに介在せず――まるで生きる屍と化し横たわる。

 いかなる理由があったかは知らない。

 けど――こんな在り方は間違っている。絶対に。


「おっさん……」

「くぅ~ん……」

「ガリウス殿……」

「ガリウス様……」


 無言で拳を握り締める俺を心配し皆が声を掛けてくる。

 そして近寄って来たリアがそっと自身の手を俺の手に重ね、幼子を諭す様に語り掛けてくる。


「ガリウス……ここはクレバーに。

 冷静さを無くしても事態は好転しない。

 この状況をどうにか出来るのはあたし達だけ。

 ならばあたし達は自身に出来る事をクールにこなさなくてはならない。違う?」

「そうか。そうだな。そうだよな……

 すまん、少し感情的になっていたみたいだ。心配を掛けた」

「ん。いつも自分達がガリウスに指摘されること。

 良い意味で意趣返し出来たのなら嬉しい」

「助かるよ。

 しかし――これはどういう状況なんだ? 何故こんな状態で人々を匿う?」

「どんな思惑があるのか見当が尽きませぬ」

「これほどの数の人々が何故こうなったのでしょう? 

 しかも等間隔で並ぶこの規則正しさは、自ら賛同したからなのでしょうか?

 そして――どうしてこんな恍惚とした顔で……これではまるで――」

「――狂信者、か? 確かにそうかもしれないな」

「まっ、難しく考えても仕方ないんじゃない?

 きっと黒幕が語ってくれるよ……嬉々としてね」


 教皇の間へと続く階段を示しシアが微笑む。

 笑っているのに明らかに怒気を湛えたその言葉に――俺は嬉しさを覚える。

 理不尽に対し立ち向かう仲間がいる。

 不条理に対し正しき怒りを持つ同志がいる。

 俺は決して孤独じゃない。

 ならば――共にどこまでも闘おう。

 胸の内に宿った熱い炎を抱きながら、俺達は教皇の間を目指すのだった。








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