おっさん、不貞の疑惑
「よし――そうと決まれば、まずはスキルによる探索だな。
聖域都市全域の構造把握も勿論だが……一番の懸念は住人達の行方だ。
これほどの規模、しかも日常を急に放棄したようなこの素振り。
いったい都市の人々はどこへ行ったのかが気になる。
カエデ……早々で悪いが頼めるか?」
「勿論でござる。拙者にどうぞお任せあれ」
「助かるよ。
ああ、いつも通りこっちでバックアップはする」
「それは心強いでござるな……では、参る!」
依頼を受けたカエデが聖域都市を構成する大理石の床に手を付き閉眼。
まるで祈りを捧げる信者のように厳かに瞑想し始める。
俺はその肩に手を乗せると彼女が纏う気に同調するように【調律】を図る。
自身の持つダンジョン探索系盗賊――
密偵の必須スキル【迷宮探査】と同期させる為に。
女性の忍者【くノ一】である(おっと、これは公然の秘密だったな)カエデは、戦士系と盗賊系の能力を高レベルで兼ね備えた専業職である。
ヴィヴィと同じその力は、こういった火急の際において遺憾なく発揮される。
今彼女が執り行っているのは【迷宮掌握】という【迷宮探査】の上位スキルだ。
大まかな構成を把握する俺のレベルとは違い、文字通り全てを掌握する。
これはその効力故、本来ならワンフロアに展開するのがやっと。
しかしカエデはそれをダンジョン規模で展開できる。
偏狭なマウザーの奴が自信を以て推薦するだけあって戦闘・探索能力共に彼女は実にハイレベルで纏まっている。
ただ、そのカエデですら掌握できるのは【迷宮】という縛りがある。
スキルはどれだけ鍛え上げようともその能力が持つ固有の範疇を逸脱出来ない。
例えば【調理】スキルで【戦闘】は行えない(逆も然り)。
だが――ヴィヴィから教わったスキル覚醒を用いれば話は別だ。
それは個々のスキルが持つ新たな一面を引き出す技である。
スキルは本当に便利で、意識すればすぐ発動し鍛えればレベルも上がっていく。
使い勝手の良い便利なもの――ヴィヴィらに指摘を受けるまで、俺はスキルに対しそんなイメージしか抱いてなかった。
スキルレベルや得たその内容こそが重要である、と。
しかしヴィヴィは語った。
どんなスキルにも多面性と多様性があり――それは扱う者の認識次第。
スキルを組み合わせる事で相互の補完をすればいい。
それは別に強力な新スキルを覚えるとかそういう事ではない。
ただスキルを漫然と習得しただけの者と、自在に扱える者の違いの差。
己が意をスキルに反映させる事――
それこそが基礎にして発展形なのだ、と。
なのでこれまでの冒険で俺がカエデを導いたのは【迷宮】という頚木を【都市】へと拡張する術である。
固有スキルの【迷宮掌握】を【都市知識】【構造把握】と組み合わせ昇華。
これにより【都市掌握】とでもいうべき代物へ変容させる。
無論――認識できる範疇・範囲が増えた分、カエデに掛かる負担も激増する。
だからこそ俺がアシスト役としてスキルに介入。
脳裏に浮かぶ都市の構成図を高速処理していきカエデの補助を行う。
「んっ……くぅ……」
それでも膨大な情報量がカエデを逼迫するのだろう。
眼を閉ざした彼女の貌は苦悶に歪み苦痛を堪える声が漏れる。
ただ、その声が何というか非常に艶めかしく官能的で……まるで男女の営みの様にも聞こえ……こんな事態だというのに俺は居心地の悪さを感じてしまう。
「あの、前から思ってたんだけどさ……」
「ん。皆まで言わなくていい。同意見」
「わんわん!」
「何だかエッチ、ですわ……」
こういった探索系スキルの展開中、施行者は無防備になる。
だからこそ背中を護り常に警戒してくれる仲間の存在は非常に有難い。
ホント感謝しかないのだが……俺達を見守る仲間の目線が冷たい。
な、何だ……俺はカエデのサポートに回っているだけだぞ?
ただ上気した肌で嬌声にも似た喘ぎを漏らす女性を、背後から抑え込んでいるだけじゃないか。
いったい俺のどこに非が……ってすまん、確かに説得力が無いかもしれん。
疚しい事はしてないのに、不貞を詰めるような女性陣のジト目に焦りを感じる。
だからこそスキル展開終了を告げるカエデの晴れ晴れとした声に救われる。
「お待たせしたでござる!
……って、アレ? どうかしたのでござるか、皆の衆?」
「い、いや……なんでもないぞ(うんうん)」
「左様でござるか?
何やら浮気現場に遭遇した妻と言い訳の利かない夫が繰り広げる修羅場みたいに少し空気が重いような……(はて?)」
「些事だから気にするな(どうしてそんなに具体的なんだ!?)。
それで……どうだったんだ、結果は」
「ああ、驚きでござる!
なんとこの都市の人々は――」
粛々と告げるカエデの結果内容に――
俺達は揃って驚愕の声を上げるのだった。




