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「辛い……悲しいよ」


「おはよう……」


 見える外傷はポーションで塞いだが、完全に疲労が抜けきってないのだろう。

 寝ぼけまなこをこすりながらセラが起きて来たのは、風呂を沸かし終えて先に一風呂浴びた俺が夕飯の仕込みを終えた時間になっていた。

 旅用の服装から室内着に着替えているとはいえ、髪はボサボサで身嗜みに気を遣っていない姿を見るのは珍しい。

 いや――まだそれだけの余裕がないのか。

 俺は出来上がった料理をよそう手を止め、努めて普通に話し掛ける。


「もうこんばんは、の時間だけどな」

「そうなの? ごめんなさい……何だか時間の間隔が曖昧で」

「謝るような事じゃないさ。

 窓もないここん中じゃ、外が見えないから無理もないよ」

「そういえばここは?」

「封印地近くにあったセーフティハウス。

 取り合えず避難してきた」

「そうなのね……」

「そういえば腹は減ってないか?

 簡単な物で申し訳ないが何か食べたほうがいい」

「うん……ありがと」


 どこか放心状態で椅子に腰掛けたセラの前のテーブル上に仕込んでおいた品々を並べていく。

 チーズを乗せて焼いたパン。

 根菜を煮込んだコンソメスープ。

 軽く炙って香辛料をまぶした乾燥肉。

 新鮮な野菜がないのがバランス悪い感じだが……旅先だから仕方ない。

 食べれるものがあるだけで贅沢だろう。

 セーフティハウスは調理器具や容器を含む道具や調味料などは豊富なのに、肝心の食材がないから困る。

 まあ持ち込んだ食材でそれなりの品にはなったから恰好がつく。

 黙々と並べる俺の品々を見て顔を綻ばせるセラ。


「うん、美味しそう」

「丁度呼びに行こうと思っていた所だ。

 まったく……匂いに誘われたみたいなタイミングで起きやがって」

「あら、酷い。

 人を食いしん坊みたいに言わないでよ」

「事実だろ」

「違いますぅ~。

 ホント酷いわよね、リンデちゃ――」


 俺の指摘にムキになったセラが子供の様に頬を膨らませて抗議しようとして――応えるモノのいない虚空を見据えて固まる。

 定位置にいつもいた賑やかな戦乙女の姿はそこにはいない。

 封印を閉ざす為、自ら久遠の彼方へと去ってしまった。


「そっか……もういないのね、彼女」

「――ああ。

 扉の先の世界に行った」

「そうよね、アレは夢じゃない。

 夢じゃ……なかったかぁ。

 そしてあの人も……いないのね」

「――ああ。

 彼か彼女か若者か老人か……もうどんな姿をしてたかも思い出せない」

「あんなに一緒だったのに。

 沢山の時をきっと一緒に過ごした筈なのに……

 明日には、完全に忘れてしまうのでしょうね」

「……そうだな」

「やっぱり……辛い。

 管理者としての使命を胸に意識しない様にしてたけどさ、

 凄く辛い……悲しいよ」


 食べる前に塩味を増していくスープ。

 俯いて肩を震わせるセラを見ていられず、俺は従者待機室に向かう。


「今はきつくても食事だけはしっかり摂ってくれ。

 君は随分消耗している。

 俺達の旅はここで終わりじゃない……まだ続くんだ。

 それと、風呂が沸いているから入るといい。

 ――入浴すれば、少しは紛れる。苦しみも悲しみも」


 ハッ、と涙に濡れた顔を上げるセラ。

 悲愴感を超えて何とか苦笑にも似た唇の歪みを浮かべる俺に、自分だけが辛いのではないという事に思い至ったのだろう。

 口元を両手で覆い、堪え切れない大粒の涙が溢れていく。

 掛ける言葉が無いまま閉ざした扉の背後、声を上げて号泣するセラの叫びを背に俺はベッドに潜り込みそっと耳を閉ざした。

 セラだけじゃない。

 俺も消耗している今、少しでも体力を回復させなくては。

 その為には短時間でもいい、睡眠するのが一番なのに……

 眠れない。

 先程聞いたセラの嘆き。

 魂を切り裂く様な悲痛な声が頭から離れないのだ。

 自分が死ぬのはいい。

 そのくらいの覚悟は既に済ませている。

 だが、もしも彼女を喪ったら……

 果たして俺は正常でいられるだろうか?

 我を失い、取り乱してしまうんじゃないか?

 取り留めもなくそんなネガティブことを延々と考えていた時……

 トントントン

 どれ程の時間が経ったのだろう? ノックの音が部屋に響き渡った。

 腹時計によれば真夜中過ぎ。

 こんな遅い時間にいったい何の用事だろう?

 一応警戒しながらドアを開けた先にいたのは勿論――


「どうしたんだ……セラ。

 こんな遅い時間に」


 不安に揺れる瞳で俺を見詰める少女セラがそこにはいた。






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