「優しくなければ生きている資格がない」
「大丈夫ですか、ガリウス!?」
「見るだけで痛々しい感じなの!」
瓦礫に嘯いた俺に駆け寄ってきたハーライトと、ボロボロに消耗したまま飛んできたリンデが左手首の先を失った俺の窮状を見て痛ましそうに整った顔を顰める。
自分にもっと力があれば、とか悔しそうに自戒の言葉も呟くし。
う~ん、そう嘆かないでほしい。
アレだけの規格外を相手に代償無しで勝利を得られる訳がない。
むしろこの程度で済んだのは幸運だったといえる。
誰一人欠ける事無く禍津神を斃す事が出来たのはまさに僥倖。
即座に練ったとはいえ皆の連携がかっちり型にハマったからこそ、だ。
そういった意味で俺は本当に仲間に恵まれたと思う。
心から身を任せられるパーティの絆によって、強さはより輝きを増すのだろう。
ただ――今更だけど傷がズキンズキンと凄まじく痛み出してきたのは確かだ。
俗に達人による斬撃は斬られて数瞬は痛みすら感じないという。
師匠以外の剣の先生――ある剣聖に教えを伺った際など、【居合】という驚異のスキルを披露して貰ったことがあった。
神速の抜刀から繰り出された目に視えぬ斬撃は、先生の前に置かれた台座の上にあったトマトを潰さずに綺麗に真横に両断した。
西瓜などある程度の固さのあるものじゃない、熟して柔らかいトマトをである。
それだけでも脅威だが……真骨頂はこれからだ。
感嘆の声を上げる俺に対し、先生はつまらなそうに両断したトマトの切断面を無造作にくっつけるや俺に向かって放り投げた。瞬間、驚愕。
何とトマトは切断面が完全に癒着しており、宙を舞って俺の手元に飛んできたというのにその斬れ目すら見えはしない。
これを成し遂げるにはコンマ以下のスピードだけではなく、正確に細胞の隙間を縫う様に斬り抜ける尋常でない技量が求められる。
ハーライトの腕前は充分その域へと達していると思うし、何よりも俺自身が興奮していた事によって痛みに鈍くなっていたせいもあるだろう。
とはいえ段々耐え難い痛みになっていくのには参った。
自分も酷い有様なのに気休めに【治癒向上】の精霊術を掛けてくれるリンデの手を止め、ポーションと化膿止めを取り出し切断面にぶっかける。
熱した鉄に押し当てたような灼熱感が傷口から立ち昇るが……
そこは気合で我慢。
師匠の教え曰く「痩せ我慢でもいい、常に強靭な自分を見せろ」とのこと。
もう一つの「優しくなければ生きている資格がない」と併せて中々にハードだ。
不肖の弟子としてはハードは無理でもハーフなボイルドを目指すしかないな。
何にせよパーティに癒し手がいない以上、出来る事は限られてる。
応急処置としてはこの程度が限界だ。
尚、余程ハイクラスの品物でない限り、残念ながらポーションでは失った部位の再生は叶わない。これは教会か寺院の世話になるしかないだろう。
ボッタクリに近いお布施のことが脳裏を過り、その額面に辟易しながらも、俺は三年前師匠と同行していた司祭、ヴァレンシュアさんの顔を思い浮かべていた。
その時――
「……なんで」
「え? いったいどうしたのですか、お嬢様?」
「どうしたのなの~セラ?」
「扉が――異界からの侵略回廊へ続く扉が閉まらないのよ!
ダゴンを斃して結界の崩壊を堰き止めた、その筈なのに――
それなのに――徐々に開いていくの!」
俺達から離れ、ずっと寡黙だったセラの絹を裂くような叫び。
彼女の視線の先――そこでは件の回廊へ繋がる扉がゆっくりと、まるで破滅を手招きする巨大な顎のように開いていくのだった。




