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「何て非道なの!」


「何なんだ、この耳障りな【声】は!?」

「耳を塞いでも――直接脳内に響く感じなの!」


 有害なモノを選択的に排除できるセラの結界に護られているというのに、頭蓋を揺るがす忌まわしい声がまるで呪詛の様に反響する。

 反射的に耳を塞ぎ防御しようと喚き立てる俺達とは違い何故か顔を見合わせ蒼くするセラとハーライト……いったい何があった?


「呪文詠唱にも似たこの【禍ツ言葉】はまさか――」

「ええ、奴等が好んで使う【タブーワード】です。間違いありません」

「ならば急がないと――」


 洞窟へゆっくり向かっていたセラの結界の速さが急激に増す。

 内部に入った瞬間、更に力強さを増す【声】と同調するかのように。

 立ち塞がる波を跳ね除ける凄まじい速さが生み出す慣性にバランスを崩しそうになりながらも、俺は焦燥に駆られたような二人に問い質す。


「どういう事なんだ、セラ!」

「説明が欲しいの!」

「ごめんなさい、あまり悠長に語っている時間はないかもしれない」

「それはいったい――」

「今洞内に響いているのは、この地に封印された悪夢の主を讃える祝詞……

 そうですね、賛歌とでも称すべきものです。

 これが途切れることなく居丈高に響いているというこの状況は非常にマズい。

 かの夢見る常世の皇は、その名を口にするだけでも封印による隔絶を乗り越え、こちらの世界に近づきかねない存在……最悪封印が崩壊します」

「どうしてそんな状況になってるんだ!?

 今迄だって各地の封印は弱体化はすれども効力を発揮させていただろう!?

 守護者【ガーディアン】や各皇配下の眷属は確かに招かれてはいたが、直接的な干渉は出来なかった筈だ」

「こればかりは直接確認してみるしか……

 お嬢様による判別を待つまでもなく、この地の結界は正常に作用しています。

 今、この時も間違いなく。

 邪悪な存在を弾く【自律型属性結界】……

 その効力は、世界を支えし龍の張る結界と大差は無い筈。

 ならば何か我々の知らぬ落とし穴があったのか、どうか」

「御託はいいわ! もう間もなく到着するわよ!」


 セラの叫びと共に、勢いに乗った移動結界が波を裂き封印地の要である広場……異界侵略回廊前の大扉前へと乗り上げる。

 そこで俺達は見た。

 この地で何が行われていたのかを。


「これは……惨い」

「何て非道なの!」


 大扉前に広がっていたのは夥しい数の骸、骸、骸。

 それは【深きもの】と呼ばれる魚人達の死体だった。

 広場を埋め尽くす数多の死骸から流れ出る血が、床に描かれた神紋を汚し――

 立ち昇る瘴気が厳粛で清らかな間を侵食していく。

 流血と死骸という不浄で以て結界を弱体化させるという趣旨は分かる。

 しかし――そもそも何故、こいつらはここに入り込めた?

 ここには先程ハーライトが言った通り属性結界……邪悪を阻む結界がある。

 強大な力を持つ存在ならいざ知らず、結界自体が正常に作用している中――

 何故こんな数の、そしてか弱い妖魔共が侵入できたんだ?

 動揺し固まるセラ達を横目に俺は与えられた判断材料を基に必死に頭を巡らす。

 そうして遂に一つの仮説に至った。

 

「そうか……そういうことか。

 だから入り込めたのか、外道が!」

「どういうことなの、ガリウス!?」

「何故こいつらはここに入り込めたの、マスター!?」

「邪悪を弾く属性結界……これは龍も扱うくらいハイレベルなものだ。

 通常であれば【深きもの】クラスの侵入など容易に跳ね除ける。

 ただこの結界には一つ欠点というか盲点があったんだ」

「それは……何です?」

「文字通り【邪悪】を弾く、ということに特化し過ぎてしまったんだろう。

 高位悪魔すら数十年単位での準備を経てからしか侵入できない防壁。

 だが――裏を返せば邪悪でない存在なら侵入を許してしまうという穴がある」

「? よく分からないの」

「妖魔は生まれた瞬間から邪悪かどうか、人によって評価は分かれるだろう。

 しかし生まれ落ちた存在は無垢であり、徐々に成長や環境によって悪に染まっていくというのが正しかったみたいだな。

 こいつらは……魚人【ディープワン】共は己の赤子共を利用したんだ!

 泳げるようになった無垢な赤子をここに送り出した……何十、何百体も。

 ご丁寧に目的地で自ら命を絶つように暗示までかけて!」

「なっ!?」

「馬鹿なの!?」

「まさに狂信者の所業、ですか……」

 

 周囲に転がる魚人達の死因は全て自傷による自殺。

 そのどれもが巨大とはいえ幼生体である。

 何も知らず生まれた落ちた赤子を、ただ封印を破る為だけに使い捨てる。

 結界の効力が弱体化するこの周期を狙ってとはいえそれまさに狂人の所業。

 いや、妖魔らの思考に狂うも何もないのか。

 人族とはかけ離れた存在であり思考性と志向性、それこそが妖魔の所以。


「そして駆け付けるのが少し遅かったな……来るぞ!」


 大音響と共に開いていく大扉を眼にしながら俺は警句を発する。

 俺達は一つ勘違いをしていた。

 封印地に眠る存在を讃える奴等が内部にいる、これはその声だと。

 だが――違った。

 既に封印は効力を失い掛けており……その内部から響いていたのだ。

 封じられし皇を解放するべく暴れ回る、先陣を切る手勢の忌み名を。


「ゆんがふぐる くぐるだん いあいあ だごん むぐるなふ

 無垢なる眷属の命を以て……顕現せよ【堕魂】よ!」


 異教の祭文。

 異界の神を崇拝する絶叫と共に、空間を揺らめかせ顕現し始めるナニカ。

 広場と隣接した海がうねりをあげる。

 波濤と共に認識してはいけないモノが徐々に姿を現し始める。

 封印地を巡って幾度の激戦を潜り抜けてきた俺達だったが――それはこの対峙に比べれば児戯にも及ばない事を本能的に察知する。

 やがて全容を現すのはおぞましき威容であり異形。

 魚頭を持つ見上げるほどの巨大な姿。

 忌憚すべき魔がこの地に降臨してしまった事を俺達は全身全霊を以て実感した。







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