「あまり語りたくないんだけど」
「うん、これなら問題なそうね」
来る者を拒むように立ちはだかるのは荒れ狂う波濤。
だがその暴波は周囲に展開されたセラの結界により完全に遮られていた。
呼吸用の空気等は通しそれ以外を任意で防ぐ選択式高位結界。
自身の齎した力の効果に対し、セラは満足そうに頷いている。
しかしあまりそういった事は人前で公言しない方が良いと思うのだが……
戦争前にも「帰ったら〇〇する」などと言うと死亡率が高まるらしいし。
師匠曰く【フラグ】という運命を超えた因果律らしいが……と、話が逸れたな。
ついに残り2つとなった龍脈を用いた異界侵略回廊の封印地――
今回訪れたそこはまさかの、大時化の海に隣接した洞穴だった。
最初はリンデが扱える【水上歩行】の精霊術で海上を強行突貫しようとした俺達だったが……結果としてこれは大失敗に終わる。
考えるまでもない。
いくら水上を歩けるようになったとはいえ――激しく不規則に揺れ動く地面の上をバランスを崩すことなく歩き続けてみろ、と言われたようなものである。
体幹に自信のある俺だったがさすがにこの状態で戦闘をこなすのは至難の業だ。
では――【水中呼吸】による海中突破はどうか?
これは論外である。
精霊の恩恵を受けたとしても未だ海中は人類の領域ではない。
掛かる水圧よる移動時のデバフ、何より使用可能な魔術の制限。
術師によって導かれた術式等の現象は環境に作用されず発動される。
例えば水の中でも燃える炎を灯す事は可能だ。
何故ならは魔力を対価に世界法則に干渉し引き起こされる術式の特性上、単純な物理法則を超えた結果を示すからである。
ただ可燃物が無い以上、自身の魔力を著しく消耗するし――
仮に攻撃等に転じても威力が格段に劣る。
通常の半分以下の力しか発揮できない様では雑魚妖魔にすら後れを取る可能性もあり得るだろう。
そうした試行錯誤の末に提案されたのがセラによる【移動結界】だ。
これはいったいどのようなものかというと――文字通りセラを基軸とし、彼女が歩みを進める度に結界自体が付き従う。
変幻自在に形を変えて術者と共に動く無色透明な結界。
それは超自然の力によって護られたな堅牢な移動要塞だ。
さすがは結界術のエキスパートというべきか。
何せ本来、結界というのは基本展開された場から移動する事が無い。
これはその用途を考えれば当然の事で、外敵や有害なモノから身を護るのがその本質であるからだ。
動く事によって防壁に費やすリソースを損ねるようでは本末転倒だろう。
それを十分以上の強度を維持しながらも常時展開し続ける力量……道中、幾度もその力を拝見してきたとはいえ、守護者として選ばれたのはまさに実力だな。
「そういえば……ここに封印されているのはどういった存在なんだ?」
安定した結界の内部から入り口である洞穴を見ながら俺は尋ねた。
長旅の疲れが溜まっているのだろうか?
道中幾度か聞いた気がするのに不自然なまでに何故か忘れてしまう。
俺の疑問に「なのなの」とリンデも追随する。
お前は覚えとけよ、と自身の事を棚に上げて思いながらも俺は返事を待つ。
少しの間だけ言い淀んだセラだったが、重々しく口を開く。
「う~ん……何度も説明したよね?」
「すまん、ド忘れしているようだ」
「ごめんなさいなの」
「ううん、多分それは脳の作用というか忌み名に対する自己防疫なのかも」
「忌み名?」
「そう、この世界には知覚したり言葉に発するだけで様々な効果を齎す名がある。
例えば神々による恩寵然り、ね。
けどそれとは別に意識してしまうだけで不利益や厄災を招く名もある。
それが【忌み名】というもの」
「なるほどな。だから聞いても忘れてしまうのか」
「そうね。あまり言葉にするのもどうかと思うし」
「忌み名の概要は分かったよ。ただ……封印地が間近だからな。
緊急時に備えて事前情報はやはり欲しい。
すまないが、もう一度だけ教えて貰えないか?」
「もう……あまり語りたくないんだけどな」
「そこを何とか」
「お願いなの♪」
「お嬢様、かの存在についての多言は禁忌に触れますので――」
「分かってるわよ、ハーライト。だから簡略的に語るわ。
それは時間を超越した虚無の地平にて目覚めの刻を望みながら微睡む悪夢の主。
膨張と収縮を繰り返しながら、死にも似た眠りの中を揺蕩う夢見る常世の皇。
形容するも悍ましきそのモノの名は――」
「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう うがふなぐる ふたぐん……」
俺達の質問に応じようとしたセラの言葉を遮る様に――あるいはまるで呼応するかの様に――洞窟の中より何かを讃える不快な【声】が周囲に響き渡った。




