「私は絶対に嫌!」
「あ、貴方はハーライト! どうしてここに!?」
「それは勿論、お嬢様を探していたからでございます」
先程までの至福そうな表情が一変、まるでお手伝いをサボって遊んでいたことを咎められた幼子の様に、どこか脅えた顔で呟いたセラの独白に律儀に応じる男。
抑揚が極端に無い為だろう。
慇懃無礼にも取られがちな礼儀正しさで声を掛けてきたのは、治安の良い町中には似つかわしくない重武装、俺達より幾分か年上の甲冑姿の青年だ。
茶髪で切れ長の蒼眼が印象的な――非常に端正な面立ちであり、実際にそこらを歩けばほとんどの女性が騒ぎ立てる事だろう。
だが――それは外見だけで青年の本質を捉え損ねた判断だ。
いくら町中とはいえ俺とリンデは不測の事態に備え警戒を怠らなかった。
しかしハーライトとセラに呼ばれた青年は易々とその警戒網を突破してきた。
隙を見せぬ青年の佇まいに対し、意識的に警戒レベルを数段階上げていく。
俺を大きく上回る――おそらくかなりの剣の遣い手。
だが、一番恐ろしいのはその気配の無さだ。
どんな武器の遣い手も、習熟していく内に特有の気配――オーラを放つ。
でも……このハーライトにはそれが無い。
一見するとまったく無意味なように思えるかもしれないが――
これは戦いにおいて大きな利点を生み出す。
彼と対峙した者は、意識して警戒をしない限り戦闘思考に切り替えるのに時間が掛かる。常在戦場を常とするべく師匠に鍛えられた俺ですら実際無警戒だった。
その姿を視界に捉え俺達のテーブルに向かって来るのを理解しているのに、だ。
気配無き剣士――暗殺者の様な評価だが、彼を真に把握した際には心臓にその刃が埋め込まれていてもおかしくない。
咄嗟の事態に身構える俺達をセラは慌てたように制止する。
「大丈夫、この人は味方よ――信頼できる」
「ならばいいが……説明してもらえるか?
君の護衛役としては、得体の知れない存在というのは正直胃に痛い」
「マスターに同じなの」
「勿論よ。
彼の名はハーライト・レカキス……私達ウルドに仕える【守り人】の一族」
「守り人?」
「ええ、守り人というのは――」
「お嬢様、良ければ自分が説明しましょう。
初めましてガリウス様、リンデ様。
守り人とは文字通り身命を通してでも尊き方を護るべく己を律する一族の総称。
自分はお嬢様……セラナ様及び管理者の方々の身辺警護を主とする者です」
「なるほどな。
レムリソン大陸の霊的守護者たる役処を鑑みた場合、その重要性に反して警備を疎かにしているとは思ったが……ちゃんと専属の存在がいたのか」
「ええ」
「でもでも……
ならば、ちょっと気になる事があるなの」
「何でしょうか?」
「アタシとマスターが護衛に付く前、セラは一人だったの。
今にして思えば凄く無防備だった気がするの。
その間、貴方は何をしていたのなの?」
「ああ、それは――」
「私が彼を置き去りにしたのよ。
護衛を伴うという、一族の約束を破棄するべくね」
「置き去りにした?
穏やかじゃないな……なんでだ?」
「それは――」
「気にしているのですか、お嬢様?
例の件について」
「当たり前でしょう!
貴方は何でそんな澄ましてられるのよ!」
「一族の決めた事ならばそれに従うのが当然なのでは?」
「そういう考えがおかしいのよ!
今迄はそうだったかもしれないけど――私は絶対に嫌! 認められないわ!」
激しく激昂するセラ。こんな感情的な彼女は初めてだ。
どこまでも沈着冷静なハーライトとは実に対照的である。
ただ――このままでは話が進まないな。
はてどう切り出したものか悩んでいると、意外な助け舟というかリンデが率直に二人に尋ねた。空気を読まないというかそもそも読む気が最初から無いというべきか……まあ普段はともかく、こういう深刻な時は本当に貴重な行動力だ。
「ごめんなさいなの。
ちょっと話が読めないのだけど――つまりどういうことなの?」
「そ、それは――」
「ああ、有り体にいえば自分とお嬢様は許嫁なのです。
結界の管理者とその行脚に付き従った守り人は結婚し――子を生す。
一族同士、そういう盟約になっているので」
「はあああああああああああああああああああああああああああ!?」
「ふ、古臭い慣例よ。私は認めてないから!」
予想外の解説に驚きの声を発する俺に、何故か秀麗な貌を赤く染めながらセラはまるで弁解するように否定するのだった。
「よしよし、ようやく盛り上がってきたの……
カビが生えたようなありきたりの展開でも、テコ入れは大事。
お互い意識し合うが故に一歩を踏み出せないヒロインに絡む昔の男(匂わせ)。
昼の連ドラ風に、ドロドロでメロメロにガチ揚げていくのなの~♪」




