「すまんな、馬鹿弟子」
「ふむ。つい荒ぶる衝動に身を任せて快く送り出してしまったが……
いかんな――私としたことが肝心な着地の事を忘れるとは。
とはいえ、これほど離れたらどうにもならんし仕方あるまい。
まあ、才はないが打たれ強く小聡いあいつの事だ……何とかするだろう。
すまんな、馬鹿弟子。
世界の選択はお前の手腕に委ねられたぞ」
「……的な事を多分師匠は言ってると思うけどさ――リンデはどう思う?」
「うきゃあああああああああああああああああああ!
なっ何で冷静に語ってやがるなの、こいつ!
現在空高く舞い上がって弾道軌道を描いている最中なの!
間近に避けられぬ死が迫って、危険がとってもデンジャラスなの!」
「まあ――慌ててどうにかなる訳じゃないし(ふう)」
「少しは過酷な現実を認識するの!
このままだとあと数十秒で地面に激突でミンチなの! 汚い花火なの!」
「っていうか、自身が努力するだけで立ち塞がる障害を回避できるんだぞ?
追い打ちや回避先に更なる罠がないなんて――何て素晴らしい(しみじみ)」
「やばいの! 完全に価値観が違い過ぎるの!
召喚者ガチャ失敗なのがあたしなの!」
「安心しろ――
俺の座右の銘は【努力・友情(人脈)・勝利】だ」
「どう見ても無理・無茶・無謀の三無主義なの!
大体飛翔中にそんな古の聖典の語句なんてクソくらえなの!」
喚き立てるだけ喚くと俺の首筋にしがみつき閉眼するリンデ。
こんなのは師匠が絡む案件にしてはまだ易しいレベルなのに。
とはいえ何もしないままでは、リンデの言う通り地面に激突し肉片を巻き散らす羽目になるだろう。
なので俺は発動させる……この状況を打破する対抗手段を。
「こんなこともあろうかと」
自らが定め身体に刻まれた、スキルを発動させる為のコマンドワード。
それは瞬く間に効力を発揮する。
次の瞬間――
俺の掌から【打ち上げ時より周囲から吸収し続けた】爆風が解き放たれる。
凄まじい抵抗と共に放たれ続けたそれは、激突死間違いなしの状況だった俺達をまるで繭の様に包み込むや、無慈悲な速さを急激に減速させていく。
自他共に器用貧乏を称する俺だが……
ただ一つだけ、他者に誇れる唯一無二のスキルがある。
それがこれ【自由に閉まって出し入れ便利】だ。
通常に呼ぶと長いので略してシマダと名付けたこのスキル。
これはいわゆる収納系スキルの亜種といえる。
掌サイズの物品を99種類まで自由に収納できるだけでなく、念じるだけで自在に取り出せるのだ。
このスキルは突発的な危機に的確な対処を迫られる事の多い冒険者稼業にとって計り知れないアドバンテージを生み出してくれる。
冒険者ギルドでの登録時に判明したこのスキル。
スキル鑑定時の結果は【ユニーククラス】で大いに周囲を沸かせたが……
残念ながらすぐに失意と嘲笑の的となった。
倉庫並の大きさを誇る【アイテムボックス】や【虚空庫】などに比べて収納量が少ない為、ギルドからは大した評価を得られなかったからだ。
当時の俺はスキルに対する理解が無かったのと剣士としての技量に自信があったので、気にも留めてなかったが。
しかし師匠の下で修業する事によりその利便性に気付かされた。
拮抗した間合いや鍔迫り合いの最中など、両手が塞がった状態で自由に物品を扱える事の有用性は記述するまでもない。
さらには遠距離での照明弾や属性石による攻撃――
接近戦をこなしながらポーション回復など、戦術の幅が大いに広がるからだ。
そしてこのスキルの真骨頂は別にあった。
掌大のものを同種99個、99種類自由に出し入れするだけの収納型スキル。
勿論、これだけでも充分便利であり戦闘時の有用性については先程述べた。
だが――俺はスキル所持が判明以後、常々疑問に思っていた。
この掌大というのは何を以て判別されるのだろう?
重さなのか?
形なのか?
大きさなのか?
凡人である俺は常に自らを鍛え技術を磨かなくてはならない。
師匠の手厚い(皮肉表現)指導の下、試行錯誤の末に判明したのは――
このスキルは重さを基準とし、俺が可能と認識したものを収納できるのだ。
通常ならその有用性に喜ぶのみ。
しかし――俺は更にスキルを研鑽した。
俺が重さ的に可能と認識するもの――ならば魔術はこれに入らないのか?
魔力が拙い俺が発動させた各基本属性魔術――それは現象であり重さは零だ。
継続時間、威力、効果範囲など。
多岐に渡るパラメーターを弄れるも単体では戦闘に役に立たない魔術。
だがそれを複数収納し――しかも同時に発動させればどうなるか?
剣を媒介とし具象化すれば刹那といえど術者の魔術を超えるのではないか?
これが師匠から学んだエルフ族に伝わる武技【魔現刃】の基礎である。
そしてこのスキルの応用として、重さのないものなら問題なく収納できる。
つまり単一目標の魔術や――自然現象であるこういった烈風なども。
さすがに雷は恐ろしくて試した事はないが……火や水、土や風等は収納可能だ。
という訳で師匠の地雷を踏んだ直後から俺は収納スキルを展開。
限界まで貯蔵し、先程ついに解放したのである。
その効果は抜群でどうにか自制できる速度まで減速できた。
これなら着地時に下手をしなければ骨を折らずに済みそうである。
安堵と共に落下予想地点を見下ろした俺だが……それは時期尚早だったと知る。
何故ならそこには人がいたからだ。
年の頃は俺と変わらないくらいだろう。
透き通る絹のごとく流れるような白髪を持った、遠目にも可憐と分かる容姿。
東方の巫女装束を纏ったその娘は、轟音と共に舞い落ちてくる俺達を驚愕交じりに見上げ茫然としている。
や、ヤバイ――このままではあの娘に直撃する!
頑健な俺やリンデは無事でも、華奢そうなあの娘が無事で済むとは思えない。
地面との激突に備えて師匠から教わった五点着地設置術を準備していた俺だが、なりふり構わず再度風を収納し減速するべく、がむしゃらに解放させる。
少女も少女で何かしらの術――おそらく身を護る結界術を展開。
双方の努力の甲斐あってか数秒後、俺達は派手な激突音とは裏腹に無傷で接触。
草原を共に転がり回る程度で済んだ。
ゴロゴロゴロゴロ……
回転中、眼を回し気絶しているリンデが彼方に吹っ飛んでいく。
「いててっ……
悪い、大丈夫か――って」
派手な回転がついに止まり、身を起こしそうとした俺は戦慄する。
いかなる運命の悪戯だろうか?
俺は少女を押し倒し――あまつさえその胸元に顔を埋めた姿勢を取っていた。
頬から伝わる極上の感触……って、そんな場合か!
慌てて顔を起こしこの状況を打破する言い訳というか説明を考えていると……
氷のように冷めた目線で俺を見詰めながら少女は淡々とした声色で言い放つ。
「貴方って……最低だわ」
これが後に運命を共にする彼女――セラナ・クリュウ・ネフェルティティが俺に向けて話し掛けてくれた最初の一言だった。




