「アンタを下僕にしてあげる」
「アンタを下僕にしてあげるなの、感謝なさいなの」
出現するなり開口一番、かなりの上から目線でそいつは言い放った。
身の丈は30センチくらいだろうか。
亜麻色の髪に気品のある顔立ちは整っているといっても差し支えあるまい。
軽甲冑に身を包み、羽飾りのついた兜を被り槍と盾を装備し武装している。
いかなる理由なのかは不明だが――マントを棚引かせて宙に浮いているのを見るに、おそらくは風の精霊の力を借りているのだろうと推測される。
俺からの返事がない事に怪訝そうな顔をするそいつ。
関心のない無表情を装っていると、迂闊にも間近に近寄ってくる。
馬鹿め――油断したな。
電光石火の抜き手で俺はその胴体を捕捉、握り締めた。
慌てたように身を捩り抜け出そうとするが――甘い。
締め殺さない……けど振り解けない絶妙な力加減で拘束し続ける。
「ちょっ何よ――放しなさいなの、放せっなの!」
「まずお前に言っておくことがある」
「な、何よ……
いいわ、特別に言ってみなさいなの」
「初対面の相手に対し、その口の利き方はどうなんだ?」
「ふん、そんなことなの?
決まってるでしょう。
この高貴なアタシが人間風情を相手にしてあげてるなのよ?
本来なら這い蹲って感謝してほしいくらいなの」
「ほほう……ところで、な。
今お前の生殺与奪の権利を誰が握っているのか――ちゃんと理解しているか?」
「調子に乗ってごめんなさいなの!」
威嚇交じりに八重歯を剥き出しにして物騒な笑みを浮かべる。
途端、美麗な顔を蒼褪めさせると全面降参し真剣に謝り出すそいつ。
ふむ……多少生意気だが会話が通じない訳じゃないらしい。
しかし疲れるな、色々と。
深々と溜息を零すと俺は傍らで当惑している銀髪の美女に訊ねる。
「師匠……何ですか、これ?」
「うむ。
これから過酷な卒業試験に赴く不出来なお前を支えるサポート役にと召喚魔術を行ったのだが……何だか見覚えのないヤツが出て来たな。驚いた」
「アンタでも分からんのかい!」
「その成りを見るに戦乙女系だとは思うのだが……どうなんだ?」
「おい、どうなんだ?」
「何で下等な人間なんかにアタシの事を語らなきゃ――」
「ギュギュっとな」
「ああっごめんさいなの~~~!
でも――本当に分からないなの!
何だか物凄い力で強引に召喚された衝撃でそこら辺の記憶が曖昧なの!」
「師匠……」
「おう、すまんすまん。
以前に目にした術式だったんだが……やっぱり見様見真似は駄目だな」
「それでも力任せに発動してるから凄いですけどね」
「ふっ……そう褒めるな、照れる」
「褒めてません」
「続き、話していいなの?」
「おう、勿論。
話の腰を折って悪かった」
「ううん、いいのなの。
ショックのせいか、種族とか特技もあやふや。ただ――名前だけは憶えてるの」
「どんな名前なんだ?」
「オルトリンデ……それがアタシの名前なの……」
「ほう。確か神代文字で【剣の先】を意味する言葉だな。
オルトが【切っ先】もしくは【先端】リンデが【剣】を表している筈だ。
「名は体を表すじゃないですけど、確かに尖った性格をしてますね」
「リンデには他に【柔和な、温和な、上品な】という意味合いもあったな」
「あ~それがアタシに合ってる感じなの!」
「寝言は寝てから言え。
まあ……人に害する様な怪しい存在じゃないと分かったから解放するよ。
いきなり握って悪かったな、オルトリンデ」
握力を緩めオルトリンデを解き放つ。
しかしせっかく自由の身になったというのにオルトリンデは呆けたようにその場に立ち尽くす(浮き尽くす?)。
そして顔を赤らめると――そっぽを向きごにょごにょと喋り始める。
「に、人間にしては優しい方なの……(ま、まあ……気に入ったなの)
アンタ、名前は何て言うのなの?」
「ん――俺か?
俺はガリウス。ガリウス・ノーザンだ」
「ガリウス、なのね。
いいわ……特別にアタシの事をリンデと呼んでいいの、なの。
不本意ながら主従契約が為された以上、アンタをマスターと認めてあげるなの」
「いや――別に頼んではいないんだけど?」
「アタシが従うって言うんだから素直に受け入れなさいなの!」
「何でお前がキレるんだよ!」
喧々囂々。
召喚されたばかりのリンデと激しく言い争い合う俺。
そんな俺達を見て満足そうに云々と頷く師匠。
「ふむ。随分と早く打ち解けたようだな――良き良き」
「どこからどう見ればそうなるのなの!」
「無理に若者言葉を使う所がババアなんですよ、師匠は」
「なん……だと。
貴様、誰が年増だ!?」
しまった、勢いに任せて本音を語ってしまった。
戦いに明け暮れ行き遅れている事、を師匠はかなり気にしているというのに!
「いいだろう……
優しく集合場所まで転送してやろうと思ったが――それは無しだ。
今から力任せに吹っ飛ばしてやるぞ、馬鹿弟子とそのお供!」
取り繕っているのがバレバレな笑顔で膨大な精霊力を放射し始める師匠。
大気が鳴動し大地が激しく脈動し始める。
これに心底ビビったのはリンデである。
俺の首筋にしがみつきながら半泣きで弁解し始める。
「ちょ、待ってほしいなの――アタシは関係ないなの!
そんな天災みたいな精霊力に巻き込まれたら……絶対に死ぬなの!
っていうか、マスター!
なんでそんなに泰然と落ち着き払ってるのなの!?」
「いや……止めても無駄な事を心の底から理解しているだけだ」
「とても哀しい事をそんな悟ったように言わないで、なの~~~~~!!」
「それじゃ――さようなら(アリーデヴェルチ)だ。
詳しくは着陸予想地点にいる彼女に訊くがいい……生きていればな」
「うひいいいいいいいいいいいいいい!! 話が不穏過ぎる内容なの~~~!」
「あ~骨が折れて動けなくならない程度には頑張ります」
絶対者による情け容赦のない断罪の託宣。
師匠の無慈悲な一撃によって俺達は天高く吹き飛ばされていくのだった。




