新米の面倒を見る事になったおっさん冒険者34歳…… 実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていく④
「うう~臭いし重いし、ホントにもう最悪なんだけど……
一体いつになったら終わるの、これ?」
シアが掘る。
フラフラな手でスコップを振り上げ、沼の中で鉛の様に澱み溜まった汚泥を。
「わたくしもこれだけの量を【清化】するのは初めてですわ……
法術の連続使用で、さすがに疲労で眩暈がしてきました」
フィーが祈る。
シアがどんどん積み重ねていく汚泥が発する臭気と毒素を取り除く為に。
「ん。二人ともメンタル的にはまだマシな方。
泥の重さを除く為に【軽減化】するなんて術式への冒涜。魔術師の名折れ」
リアが唱える。
清められたものの、たっぷり水を吸って重さを増した泥を運び易くする為。
「ほらほら、真剣に取り組まないといつまでも終わりが見えないぞ。
今日中に終える為、愚痴る暇があったら手と祝祷と魔力を動かせ~」
俺が運ぶ。
無害化された泥を掻き集め、郊外に設けられた廃棄場に荷車を使って。
「ええええ~~~そんなに掛かるの!?」
「こ、心が折れそうですわ……神殿のお勤めよりブラックですの」
「学院試験間近の修羅場を思い出す……振り返りたくない過去」
「大丈夫だ、この世の中に終わらない仕事などない。
どんな大行もコツコツ積み上げていけば、必ず終点が見える!(理論上は)」
励ましを込めて告げた俺の言葉に、三人は何故かげっそりとした表情で応じる。
はて、何が気に喰わないというのだろう?
公共事業に繋がる為、こないだのメイド喫茶に次いで報酬が良いというのに。
俺達【気紛れ明星】が今依頼を受けて取り組んでいるのは、街に設けられた溜池の浄化作業だ。
大雨の際に降った水を一時的に溜め込み、下流域の氾濫を防ぐ為にも、無くてはならない設備が溜池である。
その溜池が老朽化し用を成さなくなってきているだけでなく、蓄積された汚泥が周辺の環境に悪影響を与え始まっているというのがこの街の現状だ。
万が一に備え汚泥の除去と浄化が必要なのだが……
手間暇が掛かるというのに儲けの割合が少ない為、冒険者にはあまり好まれない依頼である(俗に言う塩漬け依頼という案件だ)。
そういった不人気依頼を俺達はここ連日、積極的に受けてきた。
「あらあら。今日も精がでるわね~シアちゃん。
あとで差し入れするから召し上がって」
「あっ。こんにちは、ステラおばさん!
こないだはクッキーをありがとうございました。凄く美味しかったです」
「そう? そう言われるとおばさんも嬉しいわ……お仕事、頑張ってね?」
「はい!」
シアに声を掛けたのは近所に住むステラおばさんだ。
子供たちが独立して寂しいのか、何かと理由をつけて顔を見せに来る。
どうやらいつも元気で明るいシアが一番のお気に入りらしい。
「おう。いい仕事してるじゃねえか、フィーの嬢ちゃん」
「こんにちは。ゴラッソ親方もお変わりなく」
「まあな。とはいえこの炎天下で長時間作業を続けてるのは感心しねえな。
水だけじゃ塩っ気が足りねえだろう?
あとでウチの酒造所で作ったチーズを届けるから口にしとけ」
「いつもすみません。美味しく頂きます」
「おうよ。またな」
「お気をつけて~」
フィーに声を掛けたのは酒造所のまとめ役、ゴラッソ親方だ。
何だかんだと面倒見が良く人の世話をするのが趣味みたいな所がある。
俺も幾度か世話になったし、試飲と称し出来立ての酒を共に飲んだ事もある。
「はあ~リアねーちゃんはすげーな。そんなに毎日魔術使って」
「即興で歌を奏でる天然の吟遊詩人ミルモには言われたくない。
何もない無から有を生み出す貴方達【草原妖精族】こそ本物の魔法使い。
あたしは先人が切り開いた道をなぞっているだけ」
「どんな達人も最初は皆、素人。
異国の言葉なら隗より始めよ、ってやつだよ。
ああ、オイラはこれから広場で一稼ぎに出るとこさ。
張った天幕はそのままだから、良かったら今日も休憩に使って」
「正直助かる。いつもありがとう」
「お互い様ってやつだよ。
寝床の近くが綺麗で臭くなくなるなら万々歳ってヤツだしね。それじゃ!」
「ん。いってらっしゃいませ、ご主人……もといミルモ」
リアがメイド喫茶の癖が残る残念な声掛けをして送り出したのはこの溜池近くに住むミルモだ。自由と放浪を愛する【草原妖精族】であり、吟遊詩人としての腕前は王宮勤めの楽師と並ぶほど一流である。
溜息が出る程多くの汚泥を抱えている溜池の浄化作業を一番喜んでいるのは、実は彼女なのかもしれない。
物静かなリアと何故か意気投合し、今では休憩場所として寝床として使っている天幕を貸してくれるようになった。
さてはて――こいつらは気付いているのだろうか?
他冒険者が敬遠する依頼を敢えてこなし続けた理由、その意味を。
多分知らないだろうし、自覚がないだろうな。
これからこの街で活動する上で掛け替えのない武器を手にしている事に。
その武器とは――信頼である。
お金では決して買えない、無形にして最上の物。
見ている人は見ているのである。
駆け出しの冒険者が黙々と他者が忌避する依頼を一生懸命に腐らず熟す様を。
そうなれば応援し贔屓にしたくなるのが人情である。
こういう風に依頼を通して街の人々の接点やコネクションを増やしていくのも、実は冒険者に求められる重要な素質の一つといえよう。
若い娘には刺激が無くて退屈だろうが……いつか気がついてほしいものだ。
「ぷっは~~~~
くぅ~沁みる! 労働の後のジュースは格別だね♪」
「シアさん……最近言動がオヤジっぽいですわよ?」
「ん。ガリウスに似てきた」
「ええ~どうしよう!
でもそれなら、加齢臭も似てくるといいんだけどな~。
ボク、おっさんのアレ意外と好き」
「そ、それはちょっと変ですわ」
「ん。フェチ心は分かるが賛同できない……ああなったら終わり。
やはり最終的には筋肉、筋肉は全てを解決する」
「あら、そうでしょうか?
ここはやはり男同士の熱い吐息から始まる絡みがですね……」
繊細な親心を知らず俺をネタに仲睦まじくじゃれ合う三人を眺めながら……俺は胸中に悲哀を抱え、昏くなり始めた空を見上げて涙をそっと堪えるのだった。




