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おっさん、孤独を飲む


「よう……ミズキじゃないか。

 どうしたんだ、そんなめかし込んだ格好をして?」


 宿舎に繋がる酒場の出入り口で驚いたように立ち尽くしこちらを見ているのは、派手に着飾ったミズキだった。

 いつもの地味な装いでなく豊満なプロポーションを際立たせる真紅のドレス。

 濡れる様に煌めく長い黒髪を丁寧に結い上げバッチリとメイクを決めている。

 ふむ。普段からそういう格好をしていれば、さぞモテるだろうに。

 私は同性ばかりにモテて出会いがない!

 遺憾ながら、このままでは嫁き遅れる――!!

 って、一時期は本気で荒れて(やさぐれて?)いたしな。

 今のミズキは高身長と相まって、まるでトップモデルみたいだ。

 これならどんな男も彼女を放っておくまい。

 まあ……そんな外見だけで寄ってくる軟弱な男はミズキの方で願い下げか。

 苦笑を口の端に乗せながら俺はそんなことを思い浮かべる。

 そんないつもと変わらない返答に対し何故かミズキは憤慨しながら近寄ってくると乱暴に俺の隣のスツールへ腰掛ける。

 そしてマスターを捉まえると強めのカクテルを頼みだす。


「おいおい、ミズキ。

 大丈夫か……そんな強いのを頼んで?

 それって下心がある奴が、口当たりが良いからって~勧める定番のヤツだぞ?」

「――う、うるさい!

 今日は虫の居所が悪いんだ……飲まなきゃやってられるか!」

「何だ何だ、随分荒れてるな。

 ……一体何があった?」

「聞きたいか?」

「そら、まあ。

 無理強いはしないが」

「ふん、現在貴様がS級になって先んじられている状況だが……

 実はな、私の方にもS級昇格の話がきた」

「お~おめでとう!

 そいつはめでたいな!」

「……嫉妬とかしないのか?」

「? 何でだ?」

「対魔族戦線による戦時特功とはいえ……

 年下の女が貴様の10数年に並び立とうとしてるんだぞ?」

「ミズキが実力以上に頑張ってるのを、俺は誰よりも知っている。

 冒険者ギルドはある意味公平な組織だ。

 信賞必罰。

 その男前な性格を含め、積み上げた働きぶりが正当に評価されただけだろう?

 何で嫉妬する必要があるんだ?」

「貴様というヤツは……

 いや、だからこそガリウスはガリウスなのだな」

「なんだ、それ」

「分からないならいい」


 俺の言葉にミズキの顔から険が抜ける。

 眉から力の抜けたその貌は、まるであどけない少女の様で大変魅力的だった。

 急に上機嫌になったミズキは、差し出されたカクテルを一気に呷るやお代わりを頼み始める。そして自分の恰好を見下ろし可笑し気に笑う。

 

「まあそういう訳でだ。

 S級になるにはコネクションの強化やら何やらが求められてな……

 今日はその地味な挨拶回りみたいなものさ。

 この似合わない格好もその一環。

 各パーティやら何やらに呼ばれて顔を売ってきたわけだ」

「なるほどな……そいつは大変だ」

「貴様の様に、ノービス伯やレイナ様みたいな高位の権力者と繫がりがある冒険者ばかりじゃないんだぞ。お前はそういう苦労はしてなかっただろうが」

「うっ……確かに」

「図星か。

 まあS級昇格――曳いてはクラスチェンジには各国や各組織の思惑が揺れ動く。

 なかなか個人の一存では難しいところがあるしな。

 幸い私はミイ経由の伝手があったから比較的楽だったが」

「ああ、大聖母教会?」

「そうだ。

 フィーの所属する教団の大手派閥……ヴァレンシュア大司祭がまとめる、王都の代表機関でもある」

「ヴァレンシュア婆さんはああ見えて偉い人らしいからな……

 昔からの付き合いのせいか、酒好きで偏屈で業突張りなイメージが強いが」

「……お前、それを他で口外するなよ?

 恐れ多くも大司祭を捉まえてその言い様は不敬罪に問われかねない」

「いや、でも婆さんが特別扱いを嫌がるんだぞ?

 逆に敬語なんかを使ったら不機嫌になるし」


 これは昔に実際にあった話で、婆さんとの普段のやり取りを教会内のシスターにそれとなく窘められた俺は態度を改めてみた。

 そしたら怒る事怒る事。

 アンタに余計な事を吹き込んだ娘はどいつだい、なんて犯人追及まで始めるし。

 あの時は婆さんが「アタシがいいと言ってるんだからいいんだよ。他人が外部からしたり顔で口出すんじゃないよ」と本気で部下を叱り出したのを収めるのに気を遣ったもんだ。

 そんな話を聞かせたらミズキは噴き出した。

 確かに豪快さで鳴らしているヴァレンシュア大司祭ならそうかもしれない、と。

 何でもミズキも大層気に入られたらしい。

 挨拶周りで寄ったら「私の若い頃そっくりさね」と甚く可愛がられたとの事。

 困惑するミズキを他所に他の司祭達までミズキを可愛がり出したのには辟易したらしいが……まあ気持ちは分からないでもない。

 ミズキはどちらかというと同性にモテるタイプだ。

 意志の強さを感じさせる柳眉が美人というよりはハンサムな印象を与える。

 同性からすればまさに憧れのお姉様、あるいは男装の麗人といった感じだろう。

 本人はそういう特別扱いを嫌がる節があるが。

 確かにそういった意味合いでもミズキとヴァレンシュア婆さんは似ているのかもしれないな。

 それから俺達は酒杯を重ねながら色々な話をした。

 最近の戦いの事、互いの仲間の事、これまでの人生の事。

 話題が尽きる事はなく――どんな話の内容も弾んだ。

 だが……ある時を境にぷつりと会話が途切れた。

 さすがの酒豪も限界かな、と横を見たらミズキが俺を真剣に見つめていた。

 何かを躊躇うような幾分かの逡巡の後……ミズキは重くなった口を開く。


「今日は……帰らないと思ったんだ」

「帰らない? どういう意味だ?」

「――シアから聞いた。

 今日は皆とデートだったのだろう?」

「ああ、散々なスタートだったがな。

 カエデなんてアレだぞ、死闘と書いてデートと読むやつ。

 朝から無駄に寿命を削ったわ」

「フフ……あいつらしい。

 それは貴様に心底惚れ込んでるからこその甘えなのだろう」

「どうだか。

 ただ単にあいつの指向という嗜好な気がするが」

「大目にみてやってくれ。

 ルゥもカエデも焦りを感じてるのは確かなんだ。

 まあ、それで話を戻すとだ。

 今日は宿舎に戻らず……お前は他の誰かと夜を過ごすと思ってた」

「ミズキ……」

「私はさ、私は……不器用なんだ。

 好きな男を前にしても臆して動けない。

 白馬に跨った王子様が手を差し伸べてくれるなんてお伽噺の中だけの話だと重々承知してるのに。

 変な話だろう? 凶悪な魔族や魔神を相手取るより、恋に触れることが怖い」

「それは……」

「踏み込んでいいのか分からない。

 引いてしまえば楽なのかもしれない。

 たださ、そいつは――

 変人でお人好しで天然で……どこまでも憎たらしい筈なのに、心から離れない。

 そんな不思議な奴なんだ。

 最初は命を救われた事による恩義故の錯覚かと思った。

 けど、共に死線を乗り越える度に視線を逸らせない自分に気付いた。

 惹かれていく自分に……気付いた。

 でもそいつは既に婚約者がいて――今更自分が入り込む余地はない。

 だから……辛い。

 だって、色々と考えてしまうんだ。

 もっと早く動いていれば……もっと早く自分の想いに気付いていればと。

 なあ、訊かせてくれガリウス――

 この世にIFはないとは理解している。

 けど、もし私があの娘達よりも早く自分の気持ちに気付いていれば……

 もし素直に告白していれば……

 私が結ばれる、添い遂げる未来もあったのかな?」


 どこか必死なミズキの言葉。

 気付かない振りはもうできない。

 だからこそ誤魔化さず、正直に自身の気持ちを返す。

 それが彼女を傷付ける残酷な真実でも。


「……ああ、そうだな。

 そんな未来も――あったに違いない」

「そっか……やはりあったんだな。

 それが分かっただけで――私は幸せだ。

 明日も早いのだろう? 私は先に休む……貴様も早く休めよ」


 顔を伏せたままゆっくり立ち上がり去っていくミズキ。

 カウンターを濡らした強がりの証が薄暗い照明を浴びて輝く。

 ミズキの好意に薄々気づいてはいた。

 だが――俺は婚約者がいる身だ。

 好意を寄せる全ての女性を幸せになんて出来ない以上――

 やはりきちんとラインを敷かなくてはならないだろう。

 オブラートに包まず斬りつける真実の言葉は鋭利で、時に深い傷跡を残す。

 けど――その方が早く傷は癒えると信じたい。

 たとえそれが自身を護る為の自己弁護に過ぎないとしても。

 彼女が去った酒場で、俺は独り幾杯目か分からない酒杯を傾ける。

 あれほど美味く感じていた琥珀色のそれが――今だけは苦く感じた。







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