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おっさん、雪下の誓い


「わたくしはもう少し後片付けを手伝っていきますわ。

 明日も早いですし、ガリウス様は先にお戻り下さい」


 大胆不敵な宣戦布告の後――

 湯上り後、若干身構えながら姿を見せた俺にフィーは何食わぬ顔でそう告げた。

 盛大な肩透かしに、思わず唖然とする。

 立て続けに何か仕掛けてくるのではないかと警戒していた自分が馬鹿みたいだ。

 まあ、フィーの対応は一般戦術的にも有効である。

 こうして相手にプレッシャーを掛け続け、いざという時は全力で踏み込む。

 無能な大本営が基幹とする「高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処しろ」みたいな曖昧さでは勝てる戦いも落としてしまう危険性がある。

 戦力の逐次投入はせず一気に勝負を賭けるつもりなのだろう。

 俺が驚いたのはその変わり身の早さだ。

 先程までの淫猥ともいえる妖しさはどこへいったのか?

 今のフィーは快活な雰囲気で孤児院の家事に汗を流している。

 周りで手伝う職員もこれぞ聖女の鑑、と疑う様子もない。

 まるでさっきの出来事が俺の妄想か白昼夢みたいだ。

 昼は淑女、夜は娼婦――これを字面のまま解釈すると男性目線のご都合主義に捉えるだけで終わってしまいがちだが要は女性の二面性を表現したものなのだろう。

 仕事に恋愛に、と男を手玉に取るぐらいの度量深さがこれからの女性の社会進出に求められるとヴァレンシュア婆さんもよく酒の席で愚痴っていたしな。

 そして――女はすべからく女優さね、アンタは人が好くて騙されやすいんだから気をつけるんだよ、とも。

 さすがは婆さんの一番弟子……直接の血縁はなくとも気質は受け継がれている。

 まあ何にせよ、手伝いの邪魔をするのは問題だ。

 コートに偽装した【黒帝の龍骸】を纏った俺は皆に別れを告げ、常宿にしている王城内の上級騎士宿舎へ戻る事にした。

 夕飯時はとっくに過ぎ、今現在は20時過ぎくらいか。

 飲み屋が最も繁盛する時間帯である。

 魔族と戦いによる特需で賑わう街並みをゆっくりと歩む。

 風呂で上気した頬に冷たい夜風が当たり、気持ちいい。

 店へと招く勧誘の声を随時かわしながら自分達が戦いで得た報酬を噛み締める。

 寒空の中、寄り添って共に歩む恋人達。

 買い物帰りなのか、大きな荷物を抱えて歩く親子連れ。

 酒が足りないと騒ぐ夫を、もっと稼いできなと怒鳴りつける豪快な妻。

 ごくありふれた人々のごくありふれた日常。

 だからこそ尊いし、この営みを絶やしてはならないと思う。

 この一連のデートでそういった当たり前の事に気付けた。

 明日からも激しい戦いが予想されるが……この事実を胸に誇りを以て戦える。 

 遂に天空より舞い降りた白い欠片を手に、そんな事を想っていた瞬間――


「これがガリウスの望んだ世界?」


 いつの間に顕現したのか。

 俺の傍らに突如現れた黒髪の少女――ミコンが下から覗き込む様に尋ねてくる。

 純粋でシンプル――故に、何とも答え辛い問いに面喰らう俺だったが……苦笑を浮かべるとミコンの頭を優しく撫でながら答える。


「そうだな。

 俺が全てを望んだ訳じゃないが、皆が幸せに暮らせている――

 それだけで君と出会い、共に戦ってきた日々には意味があると思う」

「あなたの苦難や苦渋を知らず、無責任に囃し立てる人々なのに?」

「思い上がりだよ、それは。

 いや――傲慢かな?

 誰だって苦しみや悩みを抱えている。

 どんな内容であれ本人には重責で……そこに上下は無く、等しく辛い。

 悲観的な言い方をすれば生きる事は苦しみを積み重ねる事、ともいえる。

 だからこそ人は自分の生に意義を見出そうと足掻き続けるのだろう。

 それは孤独だけど個人が乗り越えなきゃならない試練でもある。

 ただ――魔族や魔神との戦いは駆け引きの余地すらない生存競争だ。

 奴らは人族という【種】そのものを滅ぼそうとしている。

 ならばどんな立場の者であれ、立ち向かわなくてはならない。

 滅びに向かい抗う事。

 これはこの世に生まれた俺達が絶対に譲れない使命であり……

 生命を持つ者としての正しき怒りであり、義務だ。

 けどさ……戦い方は人それぞれだろう?

 俺や君みたいに前線で鮮血に塗れる戦いもあれば――

 俺達が万全で戦えるよう後方支援を――その基盤を為す社会そのものを支える、という戦いもある。

 そのいずれにも貴賤はないよ」

「そう」

「それにさ」

「えっ――」

「どこかで誰かが笑って過ごせる未来があるなら――

 たとえ戦いの末に果てたとしても、きっと後悔なんてない」


 答えた俺の中に何を視たのか――ミコンはぐっと何かを堪える表情を浮かべると俺の腕を抱え込む。そして顔が見えない様、頭を胸に押し込まれる。


「ミコン?」

「あなたは、本当に不器用な人」

「そうかな?」

「ええ。

 けど――だからこそ強く惹かれる。その魂の輝きに魅せられる。

 私(龍)の寿命は長い……途方もない程に。

 だからあなたが最期を迎えるその時までは――せめて一緒にいてあげる」

「ん。ありがとう……

 そして、これからもよろしく」

「礼には及ばないわ。

 それが私の心からの望みでもあるんだもの。

 でも今だけは――こうさせてほしい……」

「ああ、構わない」


 徐々に強さを増していく雪の中、俺達は共に寄り添い夜空を見上げる。

 曇天に染まった雲の中にある未来を見通すかのように。





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[一言] 最後の勝者はロリとなったか(棒
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