おっさん、思い知った
「次の目的地はここ」
「あれ、ここは確か……」
ロマンティックな塔の頂上での邂逅から一転。
次のデート相手の場所へと転移術を用いてリアが案内した先――
そこは民家を改造したと思しき孤児院だった。
どこか見覚えあるのも無理はない。
今から10年ほど前になるが、フィーの頼みを受けてヴァレンシュア婆さんと一緒に尽力してここを立ち上げたメンバーの内の一人が、何を隠そう俺である。
あの頃の王都は今より荒れていて(冒険者らによる護衛が必要なくらい)戦乱や政争で親を失ったストリートチルドレンによる治安の低下が懸念されていた。
フィーもその内の一人であったが幸運にも法術の才能を見出されヴァレンシュア婆さんの養子となり、孤児という後ろ盾のない境遇から抜け出す事が出来た。
類稀なる才能によって導かれた未来。
しかしフィーの凄いところは自身の幸運を喜ぶだけでなく、同じ境遇を過ごす者達へ何か出来ないかと考えた事だろう。
自分は幸いにもお婆様のお陰で衣食住を得た。
けれどこの王都には明日をも知れぬ日々を過ごす子供達が大勢いる。
彼らが盗みなどの悪を為すのは、彼らが悪だからではない。
そうせざるを得ない環境、生きていけない状況が悪行へと駆り立てるのだ。
偽善でもいい。もし可能なら私は少しでも手を差し伸べたい。
当時10歳にも満たぬ少女が必死に訴えるその言葉に俺達は感銘を受けた。
現実を知らぬ――それ故に純粋な願い。
変えられぬ現実を前に、俺達はどこか諦めてはいなかったか?
やらない善よりやる偽善。
何より――尊いその想いを無碍にしたら男が廃るだろう。
義憤に燃えた俺の言葉に婆さんは呆れながらも賛同してくれた。
そうして出来たのがこの孤児院と建物を利用した学校である。
自活できぬ幼い孤児を収容し、教育を施す。
教育を必要とする者ならどのような者へも門徒を開く。
無論それだけでは外部の者など誰も来ないだろう。
なので給食という名の、文字通りの餌をちらつかせ釣る。
真面目に授業を受ければその日の食い扶持が約束されるのだ。
退屈でも参加すればメリットはある。
安定した給食配給の為、今迄の依頼で知り合った各商会にも声を掛け食材の提供などをお願いしたいと頭を下げた。
不景気で経営が苦しい中「見知らぬ子供達の未来に投資するか。どうせ廃棄する物だからな――」と嘯きながら鮮度の良い食材を調達してくれた人々。
婆さんは引退した学者や修道女に声を掛け、講師として招いた。
その結果生まれたのが王都名物ともなったスクーリングシステムである。
最初はこのボロ家から発足したそれは民衆の支持を得てやがて賢皇の目に留まり――遂には正式な国家事業として軌道に乗った。
教育は目に見えぬ故に最初は効果の程を怪しまれたが、数年で犯罪発生率が激減し何より都民の識字率や教養度が上昇した。
学を得れば品質向上なども含め生産性が上がる。
生産性が上がれば雇用も増える。
雇用が増えれば路頭に迷う人々がいなくなり犯罪発生率が低下する。
治安が良くなれば人の行き来が増え需要が増えるという好循環。
現在の王都の好景気はそういったスパイラルな背景に支えられていると思う。
今は正式な学校が各所に制定され、望めば誰でも初等教育を受ける事が可能だ。
しかし何故ここに……?
当初の役目を終え、ここは教団経営の孤児院になった筈なのだが。
疑問に思う俺の問いはすぐに答えを得た。
「ガリウス様ぁ~こっちですわ~」
孤児院敷地内にて子供達に囲まれ手を振るフィーの姿がそこにはあった。
どうやらご飯前に暇を持て余した孤児院の子達の遊び相手をしているようだ。
自然体で子供に接し屈託のない明るい笑顔を振り撒いている。
豊かな金髪が夕日を浴びて、さながら王冠のように煌めく。
発足当時から自身の休みを潰してまで手伝いを買って出たフィー。
わたくしの我儘ですから当然ですわ、と毅然と胸を張りながら答える強い意志の宿った瞳を俺は忘れない。
その輝きに魅了された者は老若男女を問わず数多かったのだろう。
故に彼女はこう呼ばれるようになる――即ち、聖女と。
聖女とはただのクラス名や役職ではない。
まるで生き方なのだと自らが立証するかのように。
「ん。行って、ガリウス」
フィーの言葉に手を振って応じた俺にリアが囁く。
「いいのか?」
「うん。もう十分にデートを堪能した。
今度はフィーの番」
「しかしここでいいのか?
もう少し色気のある場所に誘った方がいいんじゃ……」
「ここ(孤児院)はあの娘が望んだこと。
ガリウスとの関係を見直す前に初心に還る為、らしい」
「なるほどな」
「ではガリウス――良いデートを」
「おう」
「あと、忠告」
「ん?」
「身体は資本で有限。気をつけて?」
どういう意味なのか問い質すより早く、転移術で掻き消えるリア。
不穏なその言葉の意味を俺はすぐに思い知った。
「前方に大型巨人はっけ~~~~ん!」
「四方から回り込めぇ~~~我が兵団で討伐するぞぉ~~~~!」
勇ましい声と共に次々に俺達へ向かってくる子供達。
なるほど、俺の役目はこの子達の相手か。
苦笑いを浮かべ頭を下げるフィーに俺も苦笑しながら応じる。
どうやら俺は勇猛果敢なる孤児院兵団の討伐対象らしい。
ならば真の力を見せてやらねばなるまい。
立体起動で果敢に襲い来る兵団らへ手を伸ばし威嚇する。
そして俺(人類)は思い知った。
奴等(子供)らの無尽蔵ともいえる恐怖(体力)を……トホホ。




