おっさん、意地が悪い
「ガリウス、早く早く」
「おいおい……急いでも建築物は逃げないんだぞ?」
腕を取ってしきりに俺を先へと急かすリア。
そのやり取りに既視感を感じながら軽く諫めるものの……夢中になっているリアへは届かない。
リアは学者の家系の生まれというのもあってか興味深いものに入れ込むと周りが見えなくなる傾向がある。
今もどうやらその状態に陥ったようだ。
まあ普段表情に乏しい美少女が、自分のエスコートで瞳を輝かせて喜んでいるとなれば――正直悪い気はしないな、うん。
俺達は今、ピュールの斜塔へ向けて歩いている。
パンケーキを食べた俺達だったが、特にその後の予定はないとのこと。
ならばリアの希望を受けて、不慣れながらも王都の観光名所を巡ってみるというプランでデートを開始したのだ。
有名なスペルイン階段では怪しげな露天商たちの並べる品々を冷やかし――
トレントの泉では背面コイン投げに挑戦してみた。
そのどれもが初体験だったし、良い意味で期待を裏切られた。
行く先々で触れ合い、会話を交わす人々。
その誰もが笑みを浮かべ――本当に活き活きした表情で生を謳歌している。
戦いに追われる日々で忘れ掛けていたもの。
自分がいったい何の為に戦っているのか?
当初、それは人々の笑顔の為だった筈だ。
金や名声、地位など気にしない俺達を支える誇り。
当前のように提示されている答えに俺は気付けなかった。
だからこそこうして王都を歩いて思い知ったのだ。
自分が戦い抜いた事で得られた――その価値に。
仕事に汗を流し取り組む父親。
子を抱え買い物に勤しむ母親。
親の愛情を受け駆け巡る子供。
景気づけに酒を交し合う老人。
当たり前の人々が過ごす当たり前の日々。
だからこそ尊い、掛け替えのない日常。
己が心身を削って得た譲れない答え。
誰かの笑顔の為なら、俺はまだまだ屈することなく戦っていける。
思いは違えどリアも同様だったのだろう。
知識で得られる情報と、体験を経て得られる知恵では内包する情報量が違う。
どれだけ有能な知識も活用せねばそれはただのデータだ。
最初、リアは本で読んだ知識と己の全身で経験する知恵の差に戸惑っていた。
でもデートを進めていく内に不完全な自分の在り方を楽しめるようになった。
行く先々で俺に疑問を投げ掛け二人で納得がいくまで話し合う。
コミュニケーション障害気味だった少女はもうどこにもいない。
いるのは貪欲に己の知識を実体験を通して吸収する一人の賢者だ。
「改めてガリウスには感謝したい」
斜めに傾いているのに倒壊しない、絶妙なバランスを保つピュールの斜塔。
その内部に入る物好きは少数だがおり、俺達は高い入場料を払い頂上を目指す。
長い階段をのんびり昇りながらリアが突然そんな事を言い出した。
はて、何のことかと俺は思わず聞き返す。
「何がだ? このデートの事か?」
「ううん。違う。
いや――勿論このデートも感謝してるし、楽しいけど……
一番の感謝は4年前のあの日の事。
あの時、ガリウスが同行してくれてなかったら、間違いなく死んでいた」
「ああ――導師試験の時の話か?」
「そう」
「気にするなよ。監督官としての仕事を頼まれただけだし」
「それは重々承知している。
けど、その上でお礼を述べたい。
ありがとう――傲慢で未熟だったあたしを支えてくれて。
あの時、貴方がくれた優しさと強さがあったから――ここまで強くなれた。
貴方に誇れる自分になりたかったから賢明に懸命になれた」
「リア……それは俺も一緒だよ。
お前達が俺を支えてくれたからこそ、ここ(英傑)までこれた。
俺一人では辛い道中で挫折していた可能性が高かった。
それでも腐らずにやってこれたのは、お前達が傍にいたからだ。
お前達に誇れる俺でいる為に頑張ってこれた」
「ん。一緒?」
「だな。
何故か追放されかけた事もあったが」
「そ、それは黒歴史……
おバカな提案とはいえ賛同した自分にも責任があるので謝罪しかない」
「怒っている訳じゃないぞ?
たださ、何でも話し合えるようにならないと。
これから先、こじれるのは嫌だからな」
「これから先?」
「共に過ごしてくれるんだろ?
ならば遠慮せずに言いたい事は言い合わないとな」
「ん。同意♪」
「よし。
ほら、そんな事を言っているうちに頂上に着くぞ」
「残念。
楽しい時間はすぐに過ぎる」
「そういうもんだ」
「それに今日は大人っぽいコーデをしてきた。
いつものミニなら下を進むガリウスを楽しませられたのに……申し訳ない」
「人を覗き魔みたいに言うな!
俺にそういう性癖は一切ない!」
「強く否定するところが……」
「怪しくないわ!
ほれ、戯言を言ってる間に到着したぞ」
「ムキになるガリウスは可愛い。
少しだけ皆の気持ちが理解できた」
斜めになっている為か歩く度に傾く角度が変わり非常に昇り辛い階段を昇ると……そこは斜陽に照らされる王都の街並みが待ち受けていた。
全てが茜色に染まり黄金の射光に萌ゆる絶景。
声を失い、二人でしばし見入る。
どれほどの時が経ったのだろうか?
俺の手にリアの指が重ねられる。いわゆる恋人つなぎというヤツだ。
視線を向ければ顔を赤らめ俯くリア。
これはもしや――
「が、ガリウス!」
「どうした、そんな大声を出して」
「お、王都に伝わる伝承に不思議な統計学がある」
「なんだ?」
「歴史的建造物の要所で愛を誓うと、カップルが結ばれる確率が高い。
ここピュールの斜塔もそのうちの一つだと聞いた」
「ほほう。それで?」
「だからここはひとつ、ガリウスに協力してもらって検証したい」
「検証……検証ねえ。
それで? 俺はどうすればいいんだ?
リアの口からハッキリと言ってもらいたい」
「……今日のガリウスは意地悪。
もしかして――さっきのこと怒ってる?」
「いいや? 全然怒ってないぞ?
ただ俺は年下に可愛いと言われるようなおっさんなんでな。
産まれ立ての小鹿みたいに繊細で傷つきやすい心の持ち主なので……
ちゃんと言葉にして、おねだりをしてほしいだけだ」
「うっ……ガリウスの意外な一面が。
でもこれはこれで――じゃなくて!
が、ガリウス……」
「なんだ、リア?」
「ろ、論理的じゃないのは十分理解している。
でもあたしに……あたしにも愛の誓いが欲しい。お願い」
「そう言われて俺が断ると思うか?
お前がしてほしい以上に、俺だってしたい。
だからそのまま眼を瞑っていろ、リア」
「んっ……」
優しくおとがいに添えた手をあげ震える唇を見つめる。
桜色に染まり上気した顔はいじましく、とても可愛い。
やがて落日の陽に染まる人気のない斜塔の上で影が重なる。
永遠なき永遠を知りながらも誓う、不実な二人を未来を示唆するように。
闘技場でお気付きの方もいらっしゃるでしょうが、王都の構想イメージは
ローマです(スペルイン階段やトレントの泉などでバレバレですがw)
実際に行った事がある数少ない異国ですが、歴史の重みに圧倒されます。
その割には名所の警備がザルで、カタコトのイタリア語で「最後の晩餐」を
見る事が出来たのは今でもいい思い出です^^:




