おっさん、羞恥を抱く
「ん。遅い、シア」
「ごめん! 思ったより時間が掛かっちゃって」
両手を組んで頬を膨らませているリアに対し、シアは平身低頭、苦笑しながらも平謝りをする。
ゴンドラによるデートは一騒動あったものの、その後も王都内の名所を順調に廻っていった。こういう機会でないと中々目にする機会がなかっただけに、俺もシアも各所の光景に心を奪われた。
知らぬものを知る事、体験する事は冒険者の本分である。
強くなって贅沢をする為に俺達は冒険をする訳じゃないのだ。
安全に儲けたいなら商人の方がよっぽど確実である。
それなのに何故危険な冒険者などを続けているのかといえば――こういう各地にある名所や隠された秘境を直接その目にすることが可能だからだ。
勿論、日銭を稼ぐ事や復讐に心を逸らせるのも別に悪い事じゃない。
ただ時々はこうして足を止めて過去の威光へ眼を向けるのも良いかもしれない。
そう、未知なるものに挑む気概はいつでも忘れてはならないのだろう。
師匠は……ファノメネルはきっと、この広大な世界をもっと知ってほしいと弟子達に願い――冒険者としてのイロハを叩き込んでくれた筈だから。
……まあその過程が問題なのだが(遠くを見ながら)。
と話が逸れたが、ワイワイガヤガヤとゴンドラの余韻に浸りながらシアと話している内に、シアが突然失策に気付いたような顔をした。
どうしたのか尋ねると――次のデート相手であるリアが待っている場所へと行く時間が過ぎているとの事。
主要パーティメンバー内で転移術を使えない二人。
となれば全力疾走しかあるまい。
普段は人目もある為、滅多にしないが……今は魔導具の力で認識阻害が掛けられている状態である。ならばアレだ。
体力でゴリ押しするのが得意な二人はニヤリと笑って顔を見合わせると、いつぞや披露した身体強化後に壁を蹴りつけ屋根を併走するという荒業に出た。
パルクールにも似たこの立体起動はまさに快走――あっという間にリアと待ち合わせ場所に着いた。
そこは意外や意外、こじんまりとした喫茶店だった。
ただ昇り始めた朝日に照らされる、王都の街並みを一望できる高台に設けられたテラス席からの眺望は絶景の一言だ。
何よりそこで待っていたリアのファッションにも驚かされた。
普段お洒落に興味が無いと断言して憚らないリアだが、今日は野暮ったい学院のローブを脱ぎ捨て、ネイビー色のシャツワンピースの上からシックな雰囲気の黒のアンサンブルニットを肩から羽織っている。
パーティの中でも何かと幼そうな感じのリアだったが、こういうファッションに身を包むと、元々の整った容姿と相まって大人の女性っぽさが増す。
こちらを批難がましく指摘する膨れた頬さえなければ、だが。
こういったところはまだまだ子供だな。
「次のお相手はリアなのか?」
「そう。よろしく」
「あはは、本当にごめんねリア!
じゃあ、おっさんとのデート楽しんでね」
「ん。了解。
ところでシア?」
「なになに?」
「例の件は?」
「うん、バッチリだったよ♪」
「それは朗報。励みになる」
「うん、リアも頑張って。
それじゃ馬に蹴られない内にボクはお暇するね。
またね、おっさん! 凄く楽しかったよ♪」
底抜けに明るい笑顔で手を振りながら退散するシア。
意味深な会話が謎である。
「ガリウス?」
「おう、すまないなリア。
デート中に他の女性の事を気に掛けるのはNGだな」
「理解しているならいい」
「俺もまだまだ未熟でな。
それでリア、デートの詳しい予定はあるのか?」
「ん。まずはこの喫茶店の名物、王都でも有名なパンケーキから始めたいと思う」
「色気より食い気か。リアらしい」
「正直デートとかは苦手。どうしていいか分からない。
でも――ガリウスと一緒ならきっと楽しい。違う?」
「違わないさ。
じゃあ今日は二人でデートを楽しもうか」
「うん!」
喜怒哀楽の感情表現に乏しいリアの飾らない微笑。
純粋故に破格なその破壊力に打ちのめされる。
やれやれ……初っ端からこれではおっさんには荷が重い。
俺は抱いた気恥ずかしさをリアに悟られぬ様、注文を伺いに来たウエイトレスにコーヒーをオーダーして誤魔化すのだった。




