おっさん、翻弄される
「おっさん、早く早くぅ~」
「ああ、こら!
そんなに急いでも露店は逃げないぞ!」
俺の手を抱えたまま足早に朝市の開催されている地区へと歩みを進めるシア。
その強引さと予想外の力強さに俺は思わず定番の警句を発する。
しかしシアは俺の顔をまじまじと見ながら反論を返してくる。
「はあ……分かってないなぁ~おっさんは」
「何がだよ」
「急いでも露店は確かに逃げないよ?」
「ああ」
「けどさ――」
「ん?」
「おっさんと一緒にいれる――デートする時間は確かに減っちゃうじゃんか。
そんなのボク、嫌だよ?」
真剣に上目遣いで訴えるシア。
普段、何かと聞き分けのいい美少女が囁く切実で些細な我儘。
この渇望に陥落しない男がいるだろうか? いや、いない(反語)。
見慣れたシアの姿に鼓動が早くなり、凝視してくる目線からそっと目を逸らす。
すると何故か喜び出すシア。
「ねーねーおっさん」
「な、なんだよ?」
「ひょっとして……少しはドキドキしてくれた?」
「何を言って――」
「あはっ、普段動じないおっさんが動揺してる♪」
慌てふためき言い淀む俺の何が良かったのか、上機嫌で再び歩み出す。
こんなおっさんが当惑する様を見て何が楽しいのやら。
ふむ……年頃の娘はよく分からない。
まあ、機嫌がいいのは一番だ。
年甲斐もなくシアに惹かれたのは俺も一緒だしな。
そんな事を思いながら、俺はシアとのデートを心から楽しむことにした。
「おっさんおっさん!
これ、凄く美味しいよ♪」
「おう。こっちのも中々な味だ」
朝市に着いた俺達は早速露店を巡り、朝食確保に入った。
定番の串焼きからクレープ生地を使った料理まで王都は実に様々な露店の見本市と化している。
気になったもの、あるいは直観的に食べたいと思ったものを、シアと二人で相談しながら買い込んでいく。
シアのお勧めの所があるらしく、そこで買ってきたものを食べる予定らしい。
無論、道中摘み食いすることも忘れない。
行儀の悪くならない程度に、抱えた紙袋(溢れそうだ)から片手で摘まめるものをセレクトしシアと一緒に頬張る。
俺が選んだのはオニギリと呼ばれる東方の料理だ。
ライスボールの中にお好みの具材を入れるというシンプルな調理だが、単純故に誤魔化しの利かない料理でもある。
その場で屋台のおばちゃんが握ってくれたものだが――
精霊都市で食べたスシ同様、適当にぎゅっとライスを握り込むのではなく、適度に少し空気を含ませるように握るのがコツらしい。
丸く握られているのにふんわりした触感、なのに舌の上でサラリと崩れる。
瞬間、少し塩っぽいライスと具材に選んだサーモンが奏でる、美味なる協奏曲。
うん――美味い。
シアが選んだのはミートパイのチーズトッピングだ。
パリパリに焼いたパイとジューシーな肉汁を含んだミートの組み合わせは凶悪で、そこに溶けたチーズを乗せるのである。
これで美味くない筈がない。
人ごみを避け、裏通りを歩む俺達は心ゆくまでフライング朝食を楽しむ。
それにしてもミスカリファから購入した魔導具の性能は確かだ。
俺達もかなり顔が売れて来たと思ったが……道中誰も気づいた様子はなかった。
認識を阻害する(似ている別人に視える)というものらしいが実に高性能だ。
城内では話し掛けてくる騎士や貴族に時間を取られる事が多かった。
まるで珍獣のような扱いだが袖にする訳にもいかず、相手が満足するまで会話に付き合い頃合いを見てお暇を告げるのが定番だった。
なのでこうやって大手を振って人目を気にせず歩けるというのは実に爽快だ。
そんな事を思っていると、隣にいるシアが何か思いついたように足を止める。
「そうだ、おっさん」
「ん――どうした?」
「おっさんのも一口頂戴」
「構わんぞ、ホレ」
「ん~美味しい♪
オニギリ、だっけ? これって組み合わせ自由なのがいいよね」
「そうだな。好きな具材を中に入れられるのが魅力だ。
中には梅の漬物なんかもあったぞ」
「あの酸っぱいヤツ?
レイナのとこで食べたけど、口がタコみたいになったよ」
「食べ慣れないとあの酸っぱさはキツイかもな。
でもまあ、酒の肴としては悪くなかったぞ」
「大人っていうかおっさんの味覚は不思議」
「まあ俺もいい歳だからな」
「そんなことないんだけどな……(ボソっ)
はい、おっさん。お返しだよ。あ~んして」
「おいおい、こんなところで」
「あれ? ひょっとして恥ずかしがっている?
大丈夫、誰も注視してないよ」
「いや、俺みたいなおっさんがだな――」
「ボクの食べ掛けは――嫌?」
「んな訳あるか!
あ~もう、どこでそういう悪い事を覚えて来たんだか……」
目を伏せて悲し気な顔をするシア。
演技だとは思うが――
真に迫ったその表情がいたたまれず、俺は差し出されたミートパイに齧り付く。
溢れる肉の旨味とパイ生地から漂う焼けたチーズの香り。
「美味しい?」
「美味いよ、美味いに決まってるだろう」
少し不貞腐れながら応じた俺の返答にシアは満足そうに頷く。
誰だ、純情無垢だったシアを小悪魔に育てあげ――魔改造しているのは。
尻から黒い尻尾、背中から蝙蝠の翼を生やしたあいつらの顔が「ウケケ」と邪悪に微笑みウインクする姿が思い浮かび、俺は深々と溜息をつくのだった。




