おっさん、邪推される
「そうだ……そのままでいい。
もっと広げて、相手を誘って咥えこむ様に……そう、上手だ」
「きゃうん……」
「ん? 人間形態はまだ慣れないか?
ただルゥのポテンシャルをフルに活用するにはこれが一番なんだ。
時間を掛けたし、準備は出来たな? じゃあ――いくぞ!」
「わん!」
丁寧な施しの後――全てを振り切り、俺は固く鋭いモノをルゥへ突き入れた。
見慣れぬ二刀による太刀筋に隙を見せた肢体へ――鞘に仕舞ったままの樫名刀の切っ先を。
咄嗟に風の障壁を展開し防御に当てるルゥだったが……時すでに遅し、だ。
雷光の様に煌めいた一閃は完全に障壁が生み出される前の一点を貫き――
ルゥの未発達な体を練兵場の彼方へと吹っ飛ばす。
む。手加減はしたつもりだが……少し強過ぎたか。
俺は慌ててルゥに駆け寄り手を伸ばす。
「大丈夫か、ルゥ?」
「きゃう……」
「――ああ、今の判断は正しかった。
咄嗟に攻撃を捨て全力で陽動し受け手に回った判断は適切だ。
ただ……行動に移すには少し遅過ぎたな。
さっきも助言しただろう?
間合いを【広げて】相手を誘い、己のタイミングへと【咥えこむ】ようにと。
そもそも戦闘における間合いとは……って、どうした?
なんでそんなあらぬ方向を見て抗議するみたいな顔をする?」
「わんわん!」
「え? どうせそんな事だと思ったよ?
おっさんのロリコンフラグブレイカー? 意味分からん」
「くう~ん」
期待する何かを代弁したようなルゥは獣耳と尻尾を垂れてその場に跪く。
俺はどうしたものかと頬を掻きながら、反対の手で頭を撫でる。
手先から伝わる極上の柔毛の触感に思わず目尻が下がっていくのを実感。
い、いかんいかん!
今は稽古中だ……気を引き締めねば。
しかしいつもルゥを抱き締める女性陣の気持ちが何となく理解出来た。
俺の視線の先、そこには銀髪の幼女と化しているルゥがいた。
エキゾチックなショートヘアに輝く切れ長の眼。
柳眉を流れる鼻筋と小さな口元に光る牙。
整った容姿は将来充分美人になる事を見る者に窺わせる。
気になる点は二つ。
髪の合間からスッと伸びた、チャーミングな犬耳。
幼い肢体を覆う獣毛から伸びた感情に応じて動く尻尾。
以前に精霊都市の風呂場で披露したルゥの人間形態である。
いや――完全な化身がまだ難しい以上、半獣人形態とでもいうべきか。
朝の散歩兼ジョギング10Kmを走り終えた俺達は、そのまま稽古に入ったのだ。
ルゥとシアにせがまれた事もあり、空いてる時間を見て実戦形式の試合を行うのが最近の俺達の日課である。
そこで判明したのだが――
ルゥは獣形態より、半獣人形態の方が魔力が格段に跳ね上がる。
俊敏さは少し低下するが、それを補って余るメリットがあると判明した。
よって二足歩行は不慣れだとは思うがルゥにはこの姿で稽古をつけている。
近況の自身の戦力不足を肌で感じ取っているのだろう。
稽古に取り組むルゥの気迫は真剣そのものだ。
シアやミズキと違い正攻法に捉われないルゥの攻撃は千差万別に富む為、対処に手が掛かり、それが技の習熟度を嫌でも高める。
俺もイゾウ先生から折を見て学んでいる二刀の冴えを確認するのに丁度良いので互いにWINWINというやつだろう。
――決して年端もいかぬ幼女を苛めてる訳でも、嬲っている訳でもない。
まあぶっ続けで一時間は稽古しっ放しなので、さすがの伝説の魔狼フェンリルであるとはいえルゥもそろそろ限界だろう。
一方の俺はというと――負荷を掛け続けているとはいえ【黒帝の竜骸】の持つ力で恒常的に回復している為、汗一つない状態だ。
限界まで身体に過負荷を掛けながら超回復を図り続けるというこの荒療治の成果は凄まじく、ここ一カ月で筋肉の束が一回りは成長した気がする。
ミコンの話では汗や血液などを含む体液や老廃物などは、全て【黒帝の竜骸】によって濾過吸収されるらしい。
加齢臭もカットできると聞いた時は正直喜んだ(シアには不評だったが)。
さあ、ルゥはしばらく休ませるにしても――これで身体に火は灯った頃合いだ。
そろそろ声を掛けるとするか。
「いるんだろう、カエデ?
もうそろそろ出て来いよ」
「……さすがでござるな、ガリウス殿。
拙者の隠形は未熟でござったか?」
騎馬戦も行われる程に広大な練兵場に設けられた林の木陰。
声を掛けると、そこからにゅるりとカエデの姿が浮かび出てくる。
困惑の中に感嘆を交えたカエデにネタ晴らしを行う。
「いや、逆だ。
完璧過ぎたんだよ、カエデの隠形は。
ただこの何もない練兵場で展開したサーチ系スキルを擦り抜け続けると違和感を覚える。つまり異常が無いのが異常という訳だ。
格下相手には問題ないだろうが――同格以上にはそこも気を付けた方がいいな」
「そんなレベルの相手は中々いないでござるよ」
苦笑しながら近寄ってきたカエデが俺とルゥの姿を見比べる。
そして何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべる。
「荒い息をつき這い蹲る幼女。
硬くいきり立った棒状のモノを構える男。
こ、これはもしや通報案件――」
「冗談でもやめろ、その悪意ある物言いは!
誰かに聞かれたらあらぬ誤解を受けるだろうが!」
「じょ、冗談でござるよ。
そこまで真剣にならずとも」
「いや、頑として否定する。
最近宮廷で俺の幼女愛好疑惑が囁かれていると聞いた。
さすがに捨てておけん内容だ」
「まあ……それは仕方ないでござるよ。
王都だけでなく、迫る数々の危機から人々を救った最も新しき英雄ガリウス。
その渦中の人物に浮いた噂が無ければ色々と邪推する輩もいるでござるからな」
「シアやリア、フィーと婚約してるだろうが!」
「ちっちっち。
ガリウス殿、残念ながらそこは違うんでござる。
英雄、色を好む。
百の冒険譚で有名な赤毛の勇者みたいに――行く先々で愛人を作るぐらいの方が一般受けするんでござるよ」
「どこの需要だよ、それは」
したり顔で解説するカエデに俺はうんざりとした口調で返す。
ここ一カ月、何に辟易したっていえば戦い続きの日々に関してもだが……
一番は女性関係のアプローチの雑多ともいえる多さだ。
男爵といえ領地を得た未婚の男。
更に武芸に秀でて賢皇の覚えも良いとなれば貴族らにとって好物件なのだろう。
自身の娘や姪、はては愛人に至るまで、あれやこれやと手練手管を扱って俺の下へ遣わし強引に婚姻を迫ろうとする輩が続出。
貴族に招かれドアを開けたら全裸の女性が待っていたという事件もあった。
幸いその場は切り抜けられたが……少し反省した。
俺自身は良くとも悪評が立てば賢皇の顔に泥を塗る事になりかねない。
それは俺を取り立ててくれた皇に対し不義理だろう。
よって今現在は緊急性のない案件以外は面会謝絶にしてもらっている。
「それで……どうしたんだ、こんな朝早くから。
ただ俺達の稽古を見に来たんじゃないんだろう?」
「おや?
分からないでござるか?」
「いや、分かり過ぎてるから一応確認しただけだ」
「今日は……
ガリウス殿と存分にデートをしてよい、とシア殿から伺ったでござる」
「ああ、らしいな」
「ならば拙者もそこのルゥ同様――是非とも死闘にお付き合い頂きたい!」
「だと思ったよ(溜息)」
本気と書いてマジと読む。
死闘にデートとルビを振るのはお前くらいだよ、と呆れつつも……二刀を構えると俺はキラキラした瞳で見つめてくるカエデに向かい合う。
持てる力を尽くし懇切丁寧に応対するのだ……生粋の戦闘狂を、心身共に満足させる為に。
まったく、物騒なデートもあったものである。




