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おっさん、契りを結ぶ


 眼を開けた俺の視界に映るのは呪いに塗れた宝物の数々。

 デザインは優雅でありながらもどこか哀しみに満ちた落日の欠片達。

 さらに怨々と呪詛が渦巻く周囲を見渡すまでもない。

 ここは間違いなく【封印の間】……俺はいつの間にか現実へと戻ってきたのだ。

 ただミコンの精神世界へ行く前と今で違う事が一つある。

 それは俺の首から下を覆うボディスーツにも似た黒革の鎧。

 身体を隈なく包みながらもまったく動きを阻害しないというこの鎧は、飾られていた時に発していた邪気が完全に消え失せ――荘厳とでもいうべき、神秘に満ちた雰囲気を醸し出している。

 しかし身に纏っているだけで【気と魔力の収斂】を凌駕する熱い気の迸りが全身を駆け巡り四肢を活性化、凶悪なまでに闘争に関する絶対の衝動を蠢き立てる。

 破壊せよ破壊せよ破壊せよ――全てを蹂躙せよ!

 昏く歪んだ破壊欲の権能と支配欲の権化。

 これこそが【黒帝の竜骸】、これこそが龍の衝動なのか。

 確かにこの鎧はとんだじゃじゃ馬だ……このままこの熱い衝動に身を任せて暴れ回れば心身が共に絶頂へ至るくらい爽快だろうと思う。

 けど――それはミコンの望む事ではない。

 そんな事をすれば彼女が悲しむのは火を見るよりも明らかだ。

 俺はあの娘に約束した……君の心を護る、と。

 ならば約束は果たされなければならない!

 閉眼した俺は臍下に眠るクンダリーニチャクラより上位――霊的な心臓に宿る、アナーハタ・チャクラを解放、真紅に輝く霊的な紫電が鎧の内部を蹂躙していく。

 自滅の恐れすらある急速なチャクラ解放(本来はもっと時間を掛けてゆっくり解放していく)だったが賭けには勝ったようだ。

 耐え難いほど荒々しい衝動は嘘のように消え失せていた。

 どうにか自分を取り戻した俺が安堵の溜息を洩らすと――


(――リウス、ガリウス! 聞こえる!?)

「ああ……聞こえているよ、ミコン」


 身体の奥を通じ耳元で囁かれるように響く声。

 それは必死すら感じられるミコンの呼び掛けだった。


(良かった……ガリウスと一体化した瞬間、最後の抵抗とばかりに暗黒龍の邪気が咆哮を上げたの。あのままだったら貴方は闇に堕ちてしまうところだった)

「でも、そうはならなかっただろう?」

(――ごめんなさい、私がもっと気をつけていれば)

「あ~それは違うぞ、ミコン」

(えっ?)

「こうして無事だったんだ、謝る事じゃない。

 それに俺達は互いを支え合うパートナーになるんだろう?

 なら尚更――必要なのは謝罪の言葉じゃない」

(ど、どうすればいいの?)

「普通に感謝の言葉でいいんだよ」

(か、感謝?)

「そう、ありがとうって。

 それだけでおっさんは頑張れるんだぞ?」

(な、なら――ありがとう、ガリウス。無事でいてくれて)

「おう」


 一連のやり取りで、増々心の結びつきが強くなった気がする。

 どこかこそばゆい照れと充実感……機会には恵まれなかったが子供に教えを説く親の気持ちとはこんな感じなのかもしれない。

 そんな俺の内心を知ってか知らずかミコンが囁いてくる。


(ガリウス……)

「なんだ?」

(この【黒帝の竜骸】のままでも十分以上に貴方は戦える。

 勿論、私も貴方を傷付けるものから護る。

 けれどガリウスさえ良ければ――契りを結びたい)

「契り?」

(うん――私と貴方との間に結ばれる絶対の絆。双乗の昇華)

「? どういう意味だ?」

(私(焔)を受け入れてほしい。そうすれば私は――貴方の望む私になる)

「どうすればいいんだ?」

(今から貴方の身を私の本質――原初の火、始まりの炎で包む。

 受け入れた貴方は貴方の望む方向性を願って。私はその望む性質カタチになる)

「それは君に負担や苦痛をかけるものではないのか?」

(ううん、むしろ逆かも)

「うん?」

(そ、そこは深く突っ込まないで!)

「まあミコンに問題なら――俺は別に構わないぞ」

(本当!? じゃあすぐに始めるね!

 これから鎧外に私の姿を投射するから!)

「な、なんで嬉しそうなんだ?」


 ウキウキとした口調で語るや、返答を待たずに動き出すミコン。

 俺の目前に幾何学模様の魔法陣が現れ炎を上げると、それはやがて一人の少女へと変貌していく。

 長い黒髪に切れ長の美しい相貌、鱗に覆われた全身に絡みつく黒髪は、まるで絹の様に幼い肢体を晒すミコンの肌を――って何故全裸だ!

 くたびれたおっさんと全裸の少女。

 このままで通報されたら間違いなく事案になるぞ、このシチュエーション!

 焦る俺をよそに――ミコンは嬉しそうな笑みを浮かべ抱き着いてくる。

 いかん……ついに終わったか、俺(人として)。

 幼女愛好家の誹りを受ける覚悟を決め掛けた瞬間、ミコンの姿は再び焔と化し俺の身体を覆い尽くす。


「ぐっ! これは――」

(耐えて、ガリウス。

 そして願って……貴方と共に在る私を)


 炎の上位精霊フドウエンマの加護を持つ俺の身体は炎で傷つく事はない。

 ただミコンの変じたこの焔は内面というか霊的なもの……

 つまり俺という存在そのものを灼いてくる。

 煉獄の業火のごとき痛みの中、ミコンの心配そうな想いだけが俺を正気に保つ。

 この痛みの中……何を思う?

 俺はいったい……何を望む?

 混濁していく視界、嘆きの声を上げ続ける品々が眼に入る。

 ああ、彼らもこんな苦しみを抱えたまま在り続けているのか。

 終わりのないそれはどれだけの苦行なのか。


「救ってやりたいな」


 上から目線ではない。

 共に苦しみを抱くからこそ――何とかしてあげたいと純粋に思った。


(救いを齎す清浄なる焔……それが貴方の望みであり、貴方の魂のカタチ。

 今ここに――契りは為されん! んっ)

「大丈夫か、ミコン!?」

(私は……んっ……だ、大丈夫……だからっ……

 呼んで、ガリウス……新しい、んっ私の姿をっ!)


 苦しげでどこか切なそうなミコンの吐息に思わず声を掛けた俺だったが、懸命に返答するミコンの言葉に制止。

 すると自然と胸の内から言葉が浮かび上がってくる。

 真言にも似たその言葉を、俺は苦痛に耐えながら解き放つ。

 

「龍焔、武装――【浄火】!」


 瞬間、視界が虹色に彩度られる。

 爆発的な燐光を上げて鎧の端々に集約されていく焔。

 黒革のボディスーツの上からそれは、神秘的な純白に輝く増加装甲として全身に装着されていく。

 まるで全身が魔力炉になったような超常的な力の奔流。

 それだけではない。

 焔の輝きに触れた怨念と呪詛が――春の日差しを受けた雪のように感謝の声すらあげて消えていく。

 滅びの力でなく救いの焔。

 病めるものや傷つきしものを癒し不条理を正す――浄化の焔。


「ご無事ですか、ガリウス殿! いったい何事です!」


 鬼気迫る表情で入室してきたのは宮廷魔術師団【シルバーバレット】の次席ことアマルガム翁だ。

【封印の間】でも抑えきれない力の奔流に只事ではないと心配し決死の強行突入を図ってくれたらしい。

 死をも覚悟したその理知的な顔が入室した瞬間、認知症老人の様に呆ける。

 無理もあるまい。

 この【封印の間】に満ちていた、妬み嫉み辛み恨みなど災禍をもたらす呪詛へと連なるありとあらゆる負の想念……それらが全て消え失せ、あろうことか聖域の様に崇高で儼乎たる空間に変容していたのだから。

 呪われた品々、怨嗟に満ちた宝物。

 それらに巣食う怨念――それは全て救われていた。

 純白の増加装甲から発せられた虹色に染まった焔によって。

 思考停止しているアマルガム翁に労りの声を掛けようとした俺にミコンが囁く。

 

(浄化……ううん、浄火。

 ガリウス、これが私と貴方に結ばれた絆の力)

「浄火……救いを齎す、癒しの力か。

 君との絆――確かに受け取ったよ。あとは十全に使いこなしてみせる!」

(頼もしい返事……良かった。

 私も傍にいるね、ずっと貴方と共に頑張るから)


 魔族との決戦を控えた今、文字通り浄火【ジョーカー】を得た俺は――

 何故か事あるたびに現界し擦り寄るミコンの頭を優しく撫でながらも、新たな力と決意を以て戦いへ臨むのだった。

 








 記念すべき300話で何をしてるんでしょう、おっさんはw

 あといつも応援して下さる皆様へ。

 もう少ししたら良いニュースをお届け出来そうです^^

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― 新着の感想 ―
[一言] 最初に全裸の少女が現れた以上そこが望みの出発点やな 呪いを浄火された器具達が幼女化して憑いて来ても可笑しくない(明後日の方を見ながら
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