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おっさん、深闇を駆逐


「ここは……?」


 目を開けると、そこは無明の闇。

 自分の身すら知覚できない暗闇が支配する空間だった。

 以前ナイアルに招かれ訪れた深層意識の世界に類似しているが……

 周囲から漂う禍々しさは別物だ。

 邪神とはいえ仮にも神を名乗りしナイアルのいた神域とは違い――ここはまるで醒めない悪夢の中にいるかのような不安と焦燥を駆り立てる。

 おそらくここは【黒帝の竜骸】に宿っていると推測される存在の精神世界……

 常人なら数分も持たずに発狂してしまう魔境であり魔窟なのだろう。

 幸い【気と魔力の収斂】による、心身を害するバッドステータス系の外的要因を完全にシャットダウンする効果はここでも継続されているようで、今のところコンディションに支障はない。

 つまり自由に動く事が出来る。

 これならば可能かもしれない。

 この【黒帝の竜骸】の主である、思念体との接触が。

 強大な力を持つ武具(神担武器など)は長い年月を経て独自の自我を持つ。

 それは【黒帝の竜骸】とて、例外ではない。

 広大な精神世界のどこかには大元ともいえる自我が眠っている筈だ。

 ならば話は早い。

 その思念体を探し出し対話するのみ。

 これまでの装着者は思念体を調伏しようとして失敗してきた。

 一方的に悪と決めつけ、自身の正義を疑わず。

 俺はこの話に懐疑的だ。

 伝承に謳われる暗黒龍ヴォイニッチ・ネクロノミコンは確かに邪悪である。

 そこは疑いようもない。

 だがその力の欠片である【黒帝の竜骸】は然るべき勇者や英雄と共にあった。

 つまり――交渉の余地があるのではないかと思う。

 なら最初に行うべき事は真摯で紳士な対応をみせるべきではないだろうか?

 俺は盲目に等しい空間を思念体の存在を求め駆ける。

 幸運な事に直接【黒帝の竜骸】に触れた事で繋がれた魔力ラインは有効だった。

 無明の闇の中でも微かに蠢く、毛細血管の様に微弱な線。

 このパスを経由した先にこの空間の主である思念体が居る事は間違いない。

 そして程無く――俺は見つけた。

 胎児の様に膝を抱え、虚無の海に漂う思念体の姿を。

 何も見通せない闇の中だというのに、何故か思念体の姿だけが浮かび上がる。

 幼い肢体の全身を覆うスケイルアーマーのような鱗と優雅な被膜付きの翼。

 気高さと気品さを備えてはいるものの、深く閉ざされた双眸を持つ可憐な容姿。

 それは半龍半人とでもいうべき長い黒髪の美しい少女だった。

 どう声を掛けようか迷いながら近付き手を伸ばした俺だったが――


「っつ!」


 彼女を覆う膜の様な障壁に触れた個所が火花の様に弾かれ、思わず手を放す。

 その瞬間、俺の心に浮かんでいったのは――


(嫌い)


 他者を断固拒絶する思念体の意思だった。

 これは……どういう事なのだろうか?

 痛みを堪え俺は更に触れてみる。

 熱い衝動が刃となり、俺を襲う。

 断片的な心の欠片が思念体から放たれ、矢継ぎ早に俺へと穿たれていく。


(嫌い、嫌いだ)

(私を拒絶する世界も)

(私が幸せになれない世界も)

(何で私ばかりが)

(私では皆を幸せに出来ない)

(私では龍に相応しくない)

(私では……こんな私では……

 生きている……価値がない……)


 全てを否定するような哀しい意思。

 悪逆と名高い暗黒龍だったが……こんな思いを秘めていたのか?

 いや――違うな。

 これは暗黒龍ヴォイニッチ・ネクロノミコンの思考ではない。

 これは多分――逆鱗と共に龍から分かれた意識。

 おそらく暗黒龍に残された良心の欠片とでもいうべきもの。

 どのような経緯があって暗黒龍が闇堕ちしたかは知らない。

 ただ最初から邪悪な存在だったのではなく――

 こうして自らの心を切り離す必要があったのだろう。

 つまり【世界を支えし龍】としての自責と誇りは失われていなかったのだ。

 ただそれ故に、偶発的に生まれた【黒帝の竜骸】の思念体は苛まされている。

 暗黒龍たる過去であり半身であった現在が己を縛り「幸せになってはいけない」と自分に言い聞かせている気がする。

 繰り返し囁かれるそれは最早、呪いと一緒だ。

 強大な意思力を持つ龍が放てば万象を塗り潰す呪詛となる。

 これこそが【黒帝の竜骸】に掛けられた呪いの正体という訳か。

 俗にいう自縄自縛状態だが……それは誤りだと言いたい。

 誰にでも、どんな存在でも自由に生きる権利はあると俺は思う。

 自らが望む未来を勝ち取る為、嫌でも立ち上がり歩み続けなくちゃならない。

 休むのはいい。

 けど――君はまた歩み出すことができるんじゃないか?

 誰かの力になりたいと願う想い、それは嘘じゃなかったのだから。

 思念体の心へ触れるべく、再度手を伸ばし掛けた瞬間――


(誰!?)


 闇を貫く雷音のごとき轟きが俺を打ちのめす。

 オーラで護られているというのに、全身が痺れ意識を持っていかれそうになる。

 きっとこれは他者を拒絶する【黒帝の竜骸】の意志。

 自身の殻に籠る意識体の壁。

 なら――絶対に屈する訳にはいかない。

 それに駄々をこねるじゃじゃ馬の扱いには、嫌という程手慣れているしな。

 苦痛を堪え、どうにか笑顔をらしきものを浮かべ優しく語り掛ける。


「俺の名はガリウス。しがないおっさん冒険者だよ」

(帰って。私に触れないで!)

「そうしたいのは山々なんだが……君の境遇を見かねてね。

 お節介だと思うけど、話をしにきたんだ」

(貴方に――何が分かるというの?)

「何も分からないさ。

 何もせず他者が自分を理解してくれるなんて事は絶対にない。

 だからこうして――君と会話をしている」

(さ、触らないで! 私に近づかないで!)


 思念体から再度放たれる雷音。

 高位魔術を遥かに凌駕する衝撃が俺を襲う。

 しかし俺は勇者一族に伝わる御業を使用せず敢えてそれを受け入れた。

 力に力で対抗してもこの娘は決して心を開かないだろう。

 従属し力を搾取するだけならそれでいいかもしれないが――本当の意味でこの娘の力を借りたいならそれは誤りだ。

 他者を拒絶しようとする彼女の意思に対し、俺は俺が持つ確固たる意志の強さを示さなくてはならない。

 永劫にも等しい時間の後――

 思念体が驚いたように語り掛けてくる。


(貴方は何故……平気なの? 痛くないの?)

「痛いさ。

 痛いし、苦しい。

 でも――君が長年抱えてきた想いの辛さに比べれば我慢できる」

(それは何故? どうして耐えれるの?

 今まで私に触れに来た者はいた――

 でもホンの一握りを除いて、皆この痛みに屈服したのに)

「痛みだけが全てじゃないからじゃないか?

 それに俺は君と違い、知っているからだと思う」

(それは……何?)

「生きるという事を。

 無様でも生きて、戦って、自分という存在を立証する。

 無論、生きるという事は苦渋に塗れ綺麗事だけじゃすまない。

 でも――だからこそ生が輝く。生きていると実感する。

 それが大切なんだと――俺は思う。君の名は?」

(暗黒龍ヴォイニッチ・ネクロノミコン……)

「それは君の本体の名だろう?

 龍から分かれた君は別の名で呼ばれるべきだ」

(ならばミコン、と。

 昔――そう呼んでくれた人間がいた)

「ん、ミコンか――良い名だ。

 じゃあミコン、君と俺の違いは何か知りたいと言ったな?

 先程も言ったが、俺は生きている。

 だが――君はただ存在しているだけだ。

 眩しい生の輝きを君は知らない。

 誰かと共にある喜びも知らない。

 そんなのは生きているとは言わない……自分を呪い、ただ在り続ける苦行だ」

(それは……でも……)

「ミコン、君は自分が嫌いなのかもしれない。

 でも……かつて君と共にあった者の想いまで嘘だというのか?」

(ううん、そんなことない!

 アルやユナは――私と一緒にいてくれた!

 私に語り掛け、確かに共にあった!)

「俺が望むのも君に提案するのも唯一つだよ。

 どのような存在であれ、孤独は哀しい。

 だからこそ――寄り添い合うんじゃないかな?

 欠けたピースを互いに埋め合う様に。

 自分には生きていく価値が無い、なんて悲しい事を言うな。

 ならば共に作っていかないか……俺と、一緒に!!」


 万感の想いを込め、俺は自身に宿る始原にして至言たる魔術を唱える。


「真光【トゥルーライト】」


 無限光明神の加護を持つ者が最初に覚え、最初に宿す光。

 かの存在の根源たる暁にも似た優しく眩い閃光。

 俺から放たれた輝きは瞬く間にこの空間の隅々まで広がっていき――

 ミコンの心に巣食いし闇を駆逐していくのだった。







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[一言] おっさん、まあた幼気な少女を口説いてる(ボソッ
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