おっさん、岐路に立つ
「ノスティマ・レインフィールド……
どうしてお前が、彼女の言葉を……?」
青年の姿を追い求め伸ばされた手は空しく虚空を掴むのみ。
俺は拳を胸元に引くと先程までの会話に想いを馳せる。
彼に問い質したい事は沢山あった。
何故、彼女の言葉を知っていたのか?
何故、俺の事を知っている素振りだったのか?
幾つかの憶測が脳裏を過るも――
どれも突拍子も無さ過ぎて、水面の泡の様に意識の表層へ浮かんでは消える。
「カカカカカ。
王都の英雄ともあろう奴が、たかが男との逢瀬に思い悩むとはな。
何てザマだ、だらしねえ……嬢ちゃん達も報われねえな、おい」
階下の喧騒を他所に真剣に佇む俺に投げ掛けられる快活な笑いと揶揄する声。
艶っぽい仄かな色香さえ纏った蠱惑的な声色。
しかしその主に心当たりがある俺は呆れたように返答する。
「自分が未熟なのは俺が一番自覚してますよ。
なので、いい加減出てこられたらどうです――先生」
「――なんでえ。
気付いてたのかよ、つまんねえな」
俺の言葉に苦笑を滲ませながら応じる声。
次の瞬間、蒼白く淡い燐光が宙に輝くや爆発的に濃縮――一人の女性となる。
絹の様な黒髪を結い上げ全てを睥睨する端正な面差し。
東方遊郭の花魁が着る様な鮮やかな色彩の一重を幾つも纏ったその姿は幻想的であり、見る者の視線を捉えて離さないだろう。
だが――その正体を知っている俺からすれば当惑と疑問しか生じない。
「っていうか……なんでその姿(女性)なんですか、イゾウ先生?
パッと見は綺麗ですけど……器の中身を知っている身としては正直キモいです」
「驚かねえのかよ?」
「いや、驚きましたよ。
驚いた上で質問をしているんですが」
「おう、ならば聞いて再度驚き魂消ろ。
実は急激な位階向上により【昇華】の刻を迎えた儂は――」
「人の身をかけ離れた闘気を用いた闘技を多用し続けると、人の器は次の段階へと昇格してしまうのは知ってます。
人の身から精霊のような存在へ【成り上がる】のでしょう?
恐らく先生のことだから、妄執のあった愛刀に宿る精霊にでもなったのでしょうけど……俺が聞きたいのはどうして女性の姿をしてるんですか、ということです」
「頼むから解説させろ、マジで。
お前を驚かせようと今迄我慢していた自分が馬鹿みてえじゃねえか」
「馬鹿みてえじゃなく馬鹿そのものなんですが」
「し、辛辣だな、おい」
「先生に対する敬意は生前十分以上に尽くしましたから。
というか、結果はオーライでもアレだけの事(魔族らの手引き)をしたんだから対応がそれなりになるのは当然の末路ではないかと。
それで――さっさと理由をお聞かせ願えますか?」
「せ、世知辛い世の中だな……儂は悲しいわ」
悲壮振り、泣き真似をする先生。
亡くなったとはいえ、美女の中身が60を超え70近い年寄りでなければ同情を買うのだろうが……まったく何も感じん。俺は冷たい視線で説明を促す。
観念したのか渋々話しだす先生。
詳しく話を伺うも、やっぱり俺の推察通りのようだ。
人の身から昇華した先生は愛刀【紅姫】に宿る守護精霊――東方でいう付喪神と呼ばれる存在になったらしい。
ただ守護精霊になったばかりでは生前の姿は保てない為、かつて花魁の守り刀として紅姫に注がれた思念を媒介に女性の思念体を形成しているとのことだった。
「性転換しちまったのは仕方ねえ。
まあ、こちとら今や亜神もどきの位階に届く身だ。
気にしねえで第二の人生ならぬ神生を楽しむとするさ」
「状況に対する適応能力が異常です。
少しは現状に当惑して下さい」
「いやいや、剣士はあまり細かい事を考えねえタチなのよ。
それにおあつらえ向きによ、丁度粉を掛ける相手もいるしな。
儂を踏み台に王都の救い主に昇り詰めた英雄とか……そそるぜ」
「ん~やっぱり受け継いだこの刀、折りますかね。
悪霊憑きは今後面倒ですし」
「ま、マジで悪かった。ちょっと調子に乗ってた。
だからそれは本気で止めてくれ――頼む!」
冗談だとは分かっていても無視できない案件なのだろう。
両手を合わせて拝みこむ先生の滑稽な姿に俺はスキルで取り出して見せた樫名刀【紅姫】を手に苦笑する。
「そんで……どっちにするか決まったのかよ?」
「どっち、とは?」
「決まってるだろう。
御霊移しで刀を強化するか――二刀流に変更するか、って話よ」
俺の苦笑に悪態をつきまくった先生だったが、どこか言い辛そうに尋ねてくる。
ああ――御霊移しだと自身の消滅の危機があるからか。
心配そうに返事を待つ先生に対して俺は安心する様に言葉を返す。
「その話ですが――二刀流でいこうと思います」
「そ、そうか!」
「あれ? 何だか嬉しそうですね?」
「いや、儂は別にその……(ごにょごにょ)。
ま、まあいい。おめえが決断した事にとやかくは言わねえさ。
けどよ――理由を聞いてもいいか? 慣れねえ二刀流に手を出す訳ってやつを」
「手数の問題です」
「手数?」
「ええ、そうです。
今回、先生との共闘で思い知ったのは――
魔族相手にはどれだけ切り札を用意してもし切れないという現実。
あと、単純に暴の力で負けてましたね。
今の俺を強化する方向性を考慮した場合――
魔現刃と相性が良いのは、恐らく二刀流だと直感しました。
仲間の勇者も似たようなことをしているんですが……二刀流の場合、多分同時に魔現刃を発動させる事も理論上可能なはずです。
同じ属性による火力倍増や異なる属性混合による複合効果。
それは――これからの戦いになくてはならない力となる」
「確かにな。
おめえのチートっぽい力ならそれを可能にする、か」
「あと、伝説に謳われる【黒衣の剣士】の絶技【星奔舞連撃】とか――
いつの日か使ってみたいじゃないですか。それが無理なら再現だけでも」
「それが本音か」
「あっバレました?」
「バレバレだわ」
無論冗談だが、先生も意を汲んで笑ってくれる。
そして今の美女顔に似つかわしくない男臭い笑みを唇の端に乗せ告げる。
「まあ、おめえが望むなら、儂がある程度二刀流を師事してやる。
若気の至りとはいえ儂も二刀を齧った身だからな」
「先生にもそんな時期が……」
「おう。強くなる為なら何でもやったさ。
あとおめえが一番知りたいであろう神殺しの絶技――
神威真流についてもいずれは、な」
「それが今回の話の本題ですよね。
今の俺では絶対扱いきれぬ力ですが……【龍闘気】を身に着けた暁には是非」
「ああ、楽しみにしてるよ。
どれ――おめえの事を呼びに嬢ちゃんらが来たようだ。
話が拗れると面倒だから、儂は消えるとするぜ」
「ええ、そうしてください」
階下から俺を呼ぶシア達の声を聞き留めた先生が肩を竦め宙に消える。
中身はどうであれ、妙齢の美女とこんな人気のない場所にいたら、あらぬ疑いをかけられるからな。今は婚約中の身、好色英雄譚は回避せねば。
こちらからも声を掛けるとバルコニーを駆け登る複数の足音。
そこには色取り取りの華やかで鮮やかなドレスを身に纏ったシア、リア、フィー、カエデ、ミズキがいた。
「もう……探したよ、おっさん!
こんな所で何をしてたのさ!」
「すまんすまん、シア。
少し夜風に当たってたんだ……今日は色々あったからな」
「ん。ガリウスの事情は理解できる。
その事で色々抱えているであろう事も」
「リア……それは」
「遠慮なく話して頂いてよろしいのですよ?
苦難を共にするからこそのパーティですし。
ただ今夜の主役とでもいうべき方が長時間離席するのは好ましくありませんわ」
「分かったよ、フィー」
「それに朗報でござる!
戦闘後に意識を失っていたヴィヴィ殿とブルネッロ殿が先程覚醒されたとの事。
アスナ殿の懸命な祝祷術が功を奏したようですな」
「確かに朗報だ。ありがとう、カエデ」
「そ、それでだな……ガリウス。
今日は宴という事でちょっとおめかしをしてみたんだが……どうだろう?」
「ん? ああ。
ミズキもだが……皆、良く似合ってるな。素敵だと思う」
「やった!」
「ん。満足」
「もう~ズルいですわ」
「恥ずかし気ながら拙者もめかしこんだ甲斐があったでござる」
「まったく貴様という男は……臆面もなくそういうことを言うし。
まあ喜んでしまう我々も我々なんだろうが」
「さっ、皆に顔を見せて挨拶。
その後は折りを見てヴィヴィさん達のお見舞いに行こう!」
「ん。賛成」
「意義無し、ですわ」
近寄ってきたシアとリアに両腕、フィーに背中を押されバルコニーから水晶館の中へと戻される俺。
苦笑するカエデとミズキ。
会場奥に眼を向ければ、人間形態で料理を貪るルゥや傍に付き添い甲斐甲斐しく世話を焼いているショーちゃんの姿も見えているし、今回の戦いで懇意になった者達が仲睦まじく交流し合い、生を謳歌している様が窺えた。
絵に描いたような幸せな光景。
しかし――未来を垣間見ている俺はそれが砂上の楼閣であると知っている。
バタン! と勢いよく開き放たれた大扉。
息も整えず汗まみれで入室してきた通信兵の姿に上官らしき男が見咎める。
「――何事だ! ここは魔族と戦いの勝利を尊ぶ、祝いの席だぞ!」
「も、申し上げます!」
上司の叱責を物ともせず、水晶館付の通信兵は大声で宣言する。
会場の雰囲気を一変する、重大な内容を。
「たった今、天空都市より王都及び各都市へ宣戦布告あり!
更には対魔族都市連合を抜けるだけでなく――只今から魔族サイドへ与するとの旨を、リカルド・ウイン・フォーススター連名での発信を受諾!
並びに聖域都市からも都市連合離脱宣言を同時受諾致しました!」
会場を覆っていく困惑と驚愕のどよめき。
周囲を見渡し何が起きたのか理解しようと懸命に酒に酔った頭へ命じる人々。
動揺しているのは仲間達も一緒だ。
不安そうに俺を窺うと身を寄せてくる。
俺は力強く頷くと無言で皆を抱き寄せ活を吹き込んでいく。
安堵の弛緩と共に、明らかな好奇心の輝きが瞳に宿る仲間達。
事態把握に努めようと銘々に動き出し始める。
強いな、本当に。
この事態を知っていた俺ですら完全には狼狽を抑えきれないというのに。
さて、これから自分たちはどう動くべきか……
目の前にある無数の選択肢を前に俺は瞳へと指を伸ばす。
薄い虹色の煌めきを灯し不確定な未来記述を読み取り始める【神龍眼】。
今、ひとつの歴史が動き出し――
大陸史の未来を決定付けるその節目に立っている事を俺は実感するのだった。
勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……
実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた(第五部 完)
昨年の10月からもう十ヵ月も続いていたんですね、第五章。
見せ場が多いとはいえ……ちょっと長過ぎました。
でも無事に予定してたプロットへ着地出来て何より。
人気が無ければここで終わろうと思ってましたが、皆様の応援とコミカライズも
待ってるので、もう少しおっさんの活躍を書きたいと思います。
今後とも、何卒よろしくお願い致します。




