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おっさん、委ねられる


「どうにか……勝利を得た、か。

 何とか間に合ったな――」


 俺は魔族に対抗する為、ずっと展開し続けていた【瞳の中の王国】を解除。

 目立たぬ様さり気無さを振る舞っていたが、これによるバフとデバフが無ければ今回の勝利はなかっただろう。

 恐るべきシェラフィータの魔水の中和に重力制御による加重効果など。

 例えを上げれば枚挙にいとまがない。

 活躍は地味だけど堅実で要所要所を支えてくれた。

 ただ【神龍眼】に比べ負担は少ないとはいえさすがに長時間発動は堪えた。

 激しい眼精疲労が脳髄をかき乱す中、そっと双眸を閉ざす。

 途端、全身を襲う急激な脱力感と凄まじい倦怠感。

 船酔いの様にふらつき倒れそうになる身体が休息を欲しているのが分かる。

 このまま何もかも忘れて横になれれば、どれほど幸せか。

 だが――俺にはまだやるべきことが残っている。

 惨劇を防ぐ為とはいえ、多くの人を巻き込んだそれが最低限の責任だ。

 神性覚醒し魔王と化したシェラフィータとの戦いの余波に巻き込まれぬ為、未だズールの領域内へ避難している人々。

 皆に全てが終わった事を告げに行かなくては。

 更に共に戦ってくれたトーナメント参加者に対する感謝も忘れてはならない。

 俺は手にした樫名刀を支軸に無理やりバランスを保ち転倒を防ぐ。

 しかし――危なかったな。

 自分の持ち得る最高の切り札を切り続け、何とか王手を掛けたような状態だ。

 幾ら未来を【読む】事が出来るとはいえ……不測の事態は避けられない。

 未来は確定されておらず不安定に揺れ動いているからだ。

 奴等の陣営にあと何か一つ不安定要素があったら、全滅していたのはもしかするとこっちだったかもしれない。

 目隠しでの高所高速綱渡り。

 そう思わせる程、薄氷を踏む内容の戦いだったのは間違いない。


「なかなかやるじゃねえか、ガリウス。

 最後の一太刀は見事だったぜ――」

「先生が奴にほぼ致命傷を負わせてたからですよ。

 通常時ならあんな大技とても――」


 背後から声を掛けて来たイゾウ先生にゆっくり振り返りながら答える。

 先生の健闘を称えるべく開いた口が止まる。

 俺と同年代くらいまで若返り悪戯小僧の様に輝く瞳。

 憎まれ口や減らず口ばかり叩く皮肉げに歪む表情。

 その先生が穏やかな顔を浮かべ俺を労っていた。

 徐々に宙へ消えていく自身の身体をまるで意に介さぬように。


「先生、その身体は――!?」

「ん? ああ、これか。

 ちと――無理をし過ぎたな。

 幾ら身体が若返ってもこればかりは仕方あるめえ。

 時間切れ……【昇華】の刻だ」

「そんな!」


 先生の姿を視た時に浮かんだ懸念が的中してしまった。

 それは俺が常々恐れていた事態でもあったから。

 人の身をかけ離れた闘気を用いた闘技を多用し続けると、人の器は次の段階へと昇華――昇格していく。

 良いことづくめのように聞こえるが……実態はとんでもない。

 人の身から精霊のような存在へ【成り上がる】のだ。

 つまり物質界に直接干渉出来なくなってしまう。

 同様に世界に同化し消えていった八百万の神々と同じく、イゾウ先生は人の身を捨て去り消えていこうとしている。

 俺が最近闘気術を多用しなくなったのもこれらの理由からだ。

 ナーザドラゴンの使徒となって【神龍眼】を得た辺りから、俺は位階値とは別に人としての段階を乗り越えてしまった感がある。

 このままではいずれ世界に同化し消え失せてしまうだろう。

 あいつらには決して語れぬ不安と恐怖。

 師匠たちの様に解脱と呼ばれる境地――即ち【仙域】に達すればその恐れはなくなるが――先生は準備をせずに無茶をし過ぎたのだ。

 そう仕向けたのは誰か……勿論、俺だ。


「先生、俺は――」

「あん? 何を気にしてるんだ、おめえは。

 オレが存分に好き勝手やってきた結果だぞ、これは。

 おめえが気に病む必要はねえだろうが」

「しかし――」

「遅かれ早かれいずれはこうなったのは間違いねえ。

 なら魔族――魔王相手に喧嘩を吹っ掛けた方が面白えだろうが。

 見たかよ、あの魔王。

 自信満々の澄まし顔が最期の最後に吠え面かいて喚いていやがった。

 人間様の力を甘く見た報いだ、馬鹿が。

 いや~痛快で仕方ねえな」

「それでも俺は――

 先生にこれからもいてほしいと思いましたよ」

「はん。気持ちは嬉しいがよ……駄目だな。

 オレは武の為に人族を売った大罪人だ。

 今はあやふやにされてるが……必ず断罪される身よ。

 ならばここで消えるのが丁度都合も良い」

「けど――」

「おめえが高度な闘気術を使わなかったのもそれが理由だったんだろ?

 以前に比べ、おめえから感じる闘気には【龍】の神気が混じってるしよ。

 差し詰めそいつは【龍闘気ドラゴニックオーラ】とでも呼ぶべきものか。

 もしかして【世界を支えし龍】の加護を得たのか?

 大したもんだ……まあ使いこなせたらの話だが。

 でもそいつは一人ではとても扱いきれる力じゃねえだろう?

 だからガリウスよ――オレみたいにはなるな。

 恐れず抱え込まず――孤高に強くなろうとするな。

 おめえにはオレと違って肩を並べ背中を任せられる仲間がいるんだろう?

 ならば独りで悩まずちゃんと相談しろ。これはその為の餞別だ」


 先生はそう言って自身の愛刀を俺に突き出す。

 何も言えない俺はそれを受け取る。

 ズシリ、と鋼と重みと一緒に闘争に捧げてきた魂の重みが感じられた。


「稀代の名匠、樫名による六華閃が一刀。

 童子斬【紅姫】だ。

 おめえの持つ【静鋼】に御霊移しをするなり、二刀流に切り替えるなりなんなり好きにしろ」

「先生! これは――」

「面白きこともなき世を面白く生きた。

 散々好き勝手に生きてきたんだ……後悔はないぜ?

 っていうか説教臭えのは嫌いなんだよ、オレは。

 じゃあな、あばよ」


 そう言って先生は消えた。

 俺の手に一振りの刀を残して。

 まるで泡沫の夢のごとく。

 その存在など最初からいなかったかのように。

 けど俺は生涯忘れることはないだろう。

 先達が残した、限りない助言と餞別――その意味を。


「おっさ~ん!」

「わんわん!」

「ん。ガリウス、無事?」

「ガリウス様~大丈夫ですの?」

「大丈夫か、貴様!」

「ガリウス殿、お怪我は?」

「主殿、こちらはもう避難終了済だ」


 観客席にいた仲間達が、魔族との決着がついたのを見計らい駆け寄ってくる。

 前衛をスイッチしたヴィヴィとブルネッロもサムズアップで応じている。

 派手に吹っ飛ばされたシアも身代わりの宝珠のお陰か後遺症は無い様だ。

 掛け替えのない仲間達の笑顔に心の澱が溶解していくの感じる。

 そうだな、俺は一人じゃない。

 孤独に強くなる必要も――万能になる必然もない。

 至らぬ点は互いに助け合い、一緒に強くなればいいのだ。

 俺には苦楽を共にする皆がいてくれるのだから。

 避難、誘導、報告などやるべきことは多い。

 けれど――まずは一歩ずつ乗り越えていこう。

 動き始めた未来に向かって。







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