おっさん、斬り捨てる
「ぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!
き、貴様――【精霊武装】だと!?
精霊への親和性……何より精霊そのものを受け入れる程の器が無ければ発動出来ないそれは、ハイエルフなど高位の位階存在に伝わる技術の筈!!」
全身を襲う膨大な熱に抗いながらの御解説、どうもありがとう。
だが相性が悪いのか随分と必死な有様で……まるで端役の三下みたいだぞ?
自身の身体から水の防御幕を張り続けているが、根本的解決にならないからな。
奴が焦燥に駆られるのも無理はあるまい。
大気中に拡散され幾分か減衰してしまうものの、核爆発反応に近い数千度の炎がダイレクトでその身を焦がし続けている状況。
魔術師究極の核融合反応術式には及ばぬとはいえ、太陽の表面温度に並ぶこの熱はさすがの魔王クラスも捌くのは容易ではないらしい。
まあ、余裕が無いのは俺も一緒で――実はどっこいどっこいなんだが。
凶悪な暴れ馬の様にふとすれば暴走し意識を持っていかれそうになる内なる衝動と力を懸命に制御しながら俺はシェラフィータの肢体に絡みつく。
急激に熱された水が立てる音と朦々と上がる水蒸気の中、俺は奴の耳元へ囁く。
「どうだ……苦しいか、シェラフィータ?」
「ぐううううううううううううううう」
「先程お前は言ったな?
火は水で消えるのが摂理である、と。
だがな、世の中はそれだけじゃない。逆もあるのさ……しかと覚えておけ」
「!?」
「――蒸発。
火(俺)が、水(お前)を消すんだ」
「意味不明!
理解不能!
忌まわしき琺輪の守護者である勇者の一族とはいえ、何故人の身である貴様が我を脅かす秘儀を扱えるのだ!?」
奴の危惧通り、本来ならば幾ら方法(精霊へのアクセスなど)を知っていても俺にこの秘儀を扱う事は出来ない。
単純にスペックが足りないし、精霊との親和性が足りないからである。
例えば師匠はハーフだがハイエルフに連なる血筋だ。
妖精郷を統べるハイエルフは精霊と共に生きる為、総じて精霊の親和性が高い。
まして師匠は星霊の加護を受けた聖霊使いである。
根本的なスペックが違い過ぎる。
よって数多の精霊を自在に従える師匠の見様見真似をしたところで、同じことが出来る道理はない。
しかし――炎系だけは別だ。
精霊都市の媛巫女であるレイナの手によって俺に宿ったフドウエンマにより俺は精霊の在り方と加護を賜る事を体感した。
更に封印解除により魔力パスが繋がった無限光明神アスラマズヴァーにより俺は今現在だけ一時的に位階値が上昇している。
勇者の守護神は一般的に光の神とされているが実態は違う。
闇を駆逐し全てを暖かく照らして慈しむ慈愛の輝き。
かの存在が象徴するのは日輪――即ち、太陽神なのだ。
つまり【光】だけでなく【炎】としての親和属性も兼ね備えている。
だからこその特例である。
本来人に扱えぬ秘儀を仮初めとはいえこの身に宿すことが出来たのは。
とはいえ封印解除時の圧倒的魔力で強引に親和を図っているだけに過ぎない。
それ故にこんな無茶はもう二度と出来ないだろう。
生涯一度だけ可能な【精霊武装】の発動。
数少ない俺の切り札を切らされた事に対する喪失感と……それを上回る昂揚。
どうやらシェラフィータは完全に失念しているようだ。
俺達が捨て駒ともいえる無謀な特攻で時間を稼いだその意味を。
熱と水がぶつかり合い生まれる湯煙のような水蒸気。
その陰に隠れ接近するのは満を持して闘気を磨ぎ澄ませた孤高の剣聖。
即ち――
「神威真流絶技――【畏邪薙】!」
神名を冠したイゾウ先生の斬撃が虚空を斬り裂き顕現する。
誇張ではない。
先生の一撃は比喩ではなくシェラフィータの躰を縦に両断。
否、空間に生じた斬撃による裂け目がシェラフィータを強引に断ち割っている。
「あああああああああ??」/「なななななななななな??」
両方に分かれた口から疑問の声を発するも言葉にならず消えていく。
自身の身に何が起きたのか理解出来ないのだろう。
期待はしていたが俺も目にするのは初めてだった為、同様だが。
神威真流。
それはイゾウ先生の生まれ故郷、極東に伝わる剣技である。
世界に同化し消えた八百万の神々の助力を請い、鬼神・悪神すら滅相するという神代の御業。
そう、斃すのではなく滅するのだ。
英雄譚なので強大な敵を封印で済ませた事に疑問を抱いた事はないだろうか?
後顧の憂いを無くす為にもきっちり斃しておけばいいのに、と。
あれは何故かというと、高位の位階存在は非常に厄介で、一度斃されたとしてもその内気合で蘇ってくるからである。
なので復活できないよう厳重に封印を施し対応するのがセオリーなのだ。
だが――神威真流は違う。
神の名【神名】を以て常世への扉を開き、使用者は神威……【神の威を代る者】として高位位階存在すら滅する権能を可能とする。
その力は凄まじく、先生がかつて発動させた際は山をも両断したという。
先生の異名【山薙ぎ】はそれ故に名付けられたらしい。
要は邪神特効の業であり魔王と化した魔族にすら通用する数少ない攻撃。
恐ろしいほどの溜めと闘気の集中を必要とするものの、当たればまさに必滅。
それが今シェラフィータに炸裂した。
「神威真流絶技――【突黄泉】!」
一撃では足りないと感じたのか間髪おかず放たれる二度目の退魔滅相攻撃。
横合いから穿った神速の突きが空間そのものを吸い込む虚空をシェラフィータ内に生み出しその身を四等分に分解、崩壊させていく。
「馬鹿なななななななななな」/「この我がああああああああああ」
「下等なるるるるるるるるる」/「人間ごときにいいいいいいいい」
断たれた各々から零れる怨嗟。
幽鬼の手招きのごとく水の触手が互いに伸びるも形を成さず崩壊していく。
通常ならとっくに滅びている筈だが、魔王クラスともなると本当にしぶといな。
俺は同化の限界に達した精霊武装を解除――自らが発する高温で融解しないよう収納していた樫名刀【静鋼】をスキルで取り出し構える。
敗北の事実を受け入れられず、みっともなく足掻くシェラフィータ。
至上最強の恐ろしい敵だったが――既に滅びの定めは決定され、免れない。
このまま消え去るのを待ってもいいが……
せめてもの情けだ、介錯をしてやる。
「――悪役なら悪役らしく、最後まで泰然としていろ!
魔現刃奥義――【夢幻】!」
「ひいあああああああああああああああああああああああああああ!!!」
闘技場を染め上げる爆発的な閃光の炸裂。
必至に抗う事すら無慈悲に斬り捨てて……子爵級【プリンシパリティ】魔族こと死せる水のシェラフィータは完全にこの世界から消滅するのだった。




