おっさん、精霊を纏う
「師匠、可愛い――素敵過ぎる。
結婚してくれ」
これこそ俺に施された封印を解く為に師匠が定めた【コマンドワード】である。
傍から見れば――いや、見なくとも頭がおかしいとしか言い様のない台詞。
まあ日常で絶対口にしない言葉であるという点では確かに絶妙であろう。
俺はこの【コマンドワード】を昨夜の邂逅時にノスティマから聞いていた。
この言葉を口にすればいつでも自身の封印を解く事が可能である、と。
封印を解除した今ならば分かる。
勇者の守護神とも称される無限光明神から齎される規格外の魔力が。
繰り返すが魔術は学問である――と同時に、哲学でもある。
俺の中の何が無限光明神の眼鏡に適ったかは不明だが……単に学び得た魔術とは違い、高位存在の恩寵を受けた術者はその魔力のバックアップを得られる。
シアが僅か数年で勇者にクラスチェンジ出来たのも、尚早に無限光明神の加護を得られた事が大きい。
しかしある程度予想はしていたが……本当に凄まじいな、これは。
解放後、溜めに溜めた堤を切ったように溢れた魔力は全身を隈なく覆い尽くし、高度な祝祷術を超える回復速度で全身を癒していく。
俗に【特約】とも呼ばれる魔力覚醒時に見られる現象である。
シェラフィータによって致死ダメージを負った俺(というか現在進行形)だが、容易にその状態を抜け出してしまうぐらい死に拮抗する力だ。
ノスティマの提案に乗らず今迄解除を引っ張ったのもこの【特約】狙いである。
戦闘開始時にイゾウ先生とのやり取りにも出たが……魔族相手に足止めするのは命を投げ打つくらいの覚悟が試される。
そういった点でもこの特約効果は非常に頼りになった。
即死で無ければ一度は復活――戦闘へ復帰できるというアドバンテージのお陰で無茶な特攻が成り立つからな。
そういった事を踏まえて、師匠には感謝しかない。
何故ならこの魔力の強さは長年のレベルアップとクラスチェンジで受け入れの為の器が整った今の自分だからこそ何とか制御できる範疇に留まっている。
だがこんな膨大な魔力を当時の俺が持っていたなら扱いかねて自滅していたか、万に一つの可能性で使いこなせたとしても世の中を知らない馬鹿なガキの頃の話だ――きっと増長して傲慢になっていたに違いない。
師匠はそれを懸念して封印を施したのだろう。
あの初対面時の無呼吸連打が恐らくそれだ。
今思い返しても震えがくるあのラッシュは気を失うほど痛く……でも痛みで再び意識が覚醒するという、まさに生き地獄の堂々巡りだったのだが……不思議と後に残るダメージはなかった。
つまり肉体的でなく精神的、あるいは内面世界へと干渉する技か何かだったと推測できる。
当時は死に掛けた身体を回復させる為に全力で目覚めたばかりの魔力が循環していたから良かったが――通常時なら溢れた魔力が体内に飽和し絶対悪影響を及ぼしてしまう事は避けられなかったので、その点は本当に感謝してもし切れない。
若くして命を散らしていたら、彼女や皆とも知り合えなかっただろうしな。
けど……封印解除の言葉がソレなのは――正直どうなんだ?
初対面のガキにソレを仕込む師匠の心理状態が謎であり心配だ。
もっとこう――何かなかったのだろうか?
それとも、実はああ見えて結婚願望があったりするんだろうか?
そこら辺を突っつくと存外に面白そうなのだが――深く追求してはいけない、と俺の第六感が囁くので止めておく。
うん、きっとこの直感は間違いじゃない。
勘のいい弟子は嫌いだよ……という師匠の警告を幻聴したもの。
とあれまあ、現実である。
つい先程まで死に体であった俺が魔力解放し回復したのだから獲物をいたぶる気満々のシェラフィータの焦りは相当のものだった。
深々と身体に突き刺さった蜘蛛脚を抜こうと躍起になっている。
馬鹿だな、そんな事をしても再生し続ける筋肉に阻まれて却って抜けないのに。
少し冷静になれば水流で俺を吹き飛ばすなり何なり対処法は幾らでもあった。
最悪、俺の事など無視すれば良かったのだ。
だが――生まれながらの強者として常に優位に戦い続けた驕りが、その事を失念させている。
ならば好都合。
このままでは時間の問題でいずれは対処されるだろうが――得られたこの隙を逃さずに俺は更なる飛躍を遂げてみせる。
魔力に満ちた今の俺ならば使える筈なのだ。
幾度も挑戦し、理論上は可能だが魔力不足で失敗し続けたあの絶技を。
思い出せ――お前は誰の弟子だ?
最高位の精霊使い……惑星そのものと契約した星霊使いである師匠。
彼女の傍らでずっと見て来たんだ。
精霊と対話し協力を仰ぐ術を俺は誰よりも知っている筈だろう?
深く深く……より深く内面へ。
レイナの助力で俺に宿った彼らに更なる力を求め――今こそ我が威と為せ!
自身の心奥に潜む彼らの存在を再認識……嘆願し、顕在化する。
そう、これこそ師匠が得意とする精霊魔術の究極奥義。
「精霊武装【スピリチュアルアームズ】発動!」
炎の上位精霊であるフドウエンマを具象し完全一体化した俺は、全身全霊を以て水のシェラフィータを拘束するのだった。




