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おっさん、無茶な要請


「殲滅――

 有象無象の輩共よ、極彩と散るがいい」


 勇猛に襲い掛かったマドカがまるで報いを受けるように観客席へと落ちた事に、目元を細め微笑を浮かべるシェラフィータ。

 それこそが天意である、と。

 矮小なる存在が反逆を示した事に対する神罰であると主張するかのように。

 大輪の花が咲くかのごとく徐々に背中から解放されて蠢く数多の蜘蛛足。

 個々から陽炎みたいに大気を歪めて立ち昇る魔力を見るまでもない。

 神性覚醒を経てから静観していた奴が遂に動き出す。

 5メートルを超えていた巨体が覚醒後は2メートル前後の異形の武者姿へと縮小されている為、一見すると与しやすそうに見えるが……実際は逆だ。

 あれだけの体積を誇った肢体が一身に凝縮されたと看做すべきだろう。

 巨体故に付け込む隙があった今迄とは違い、現在は隙がまったく見当たらない事からもおそらく間違いではない。

 さらに厄介なのは奴の背から別個に蠢く蜘蛛脚だ。

 8本脚――先制して、7本脚に減んじた時ですらどうにか互角に持ち込めていたのである。

 まして奴は人型に変じた故、巨体を支える事無く自身の足で立っている状況。

 つまり――全ての蜘蛛脚を攻撃に使用できる。

 これが如何に絶望的な戦力差かは直接相まみえた者しか分からない。

 そして奴が放つ、もはや物理的な障壁と化している位階。

 位階障壁が放つ神威と威容に萎えそうに膝に――俺は強引に喝を入れる。

 理不尽に屈してどうする。

 弱き人々を護る為、何より彼女の仇を討つ為に俺は強くなったのだろう?

 ならば――心を燃やせ。

 絶望を嗤い哀しみを喰い破れ。

 地を滑る鮮やかな歩法でゆっくり迫り来るシェラフィータを前に、俺は樫名刀で防御に徹した型を構えながら前衛を務めているヴィヴィとブルネッロに警告する。


「思念伝達で周囲の者達の撤退手筈は整えました!

 あとはシアと合流次第――先生と共に仕掛けます。

 時間を稼げますか、二人とも!」

「ごめん、正直――難しいわね」

「うむ。吾らでも数分がやっと、というところだろう。

 期待に沿えずに申し訳ない」

 

 いつになく弱気な二人の返答と哀愁を漂わせる背中に唇を噛む。

 二人は自身に無理な事は決して断言しない。

 この二人が難しいというなら間違いなく難しいのだ。

 だが――S級としての矜持が二人に逃げるという選択肢を示さない。

 無茶は承知の頼みでも快諾してみせる。

 二人に背負わせてしまった重い責任に対し、俺が出来る事は唯一つ。

 奴を斃す。

 神性覚醒した子爵【プリンシパリティ】魔族、死せる水のシェラフィータを。

 幸い対抗する手段はあるのだ。

 シェラフィータの威容に臆する事なく、対抗意識を燃やして先程から闘気を練るイゾウ先生に目線を送る。

 頷き、偉丈夫で男臭い笑みを浮かべ応じる先生。

 どうやらアレをやる気らしい。

 流派の究極奥義――自身の命すら燃やし尽くす絶技を。

 きっと止めても無駄だろう。

 何故なら先生は闘争の為に全てを捧げた人なのだから。

 ならば俺がすべきはその決意に水を差す事じゃない。

 先生が奥義を放てるよう奴に隙を生じさせるのみ!


「――お待たせ、おっさん!」

「来たか、シア!

 最初から出し惜しみ無しの全力でいくぞ!」

「はい!」


 素晴らしい瞬発力で駆け付けたシアと共に俺達はシェラフィータへ向かう。

 シアと合流する僅か十数秒――それだけで酷い有様だった。

 蜘蛛脚が別個に動き達人級の攻撃を嵐の様に繰り出すそれは剣戟の極致。

 さらに時折先程の超圧力を掛けた水鉄砲(もはや光線だ)を放ってくる。

 二人はその全てを受け止めていた。

 ヴィヴィの全身は回避しきれない切傷で赤く染まり……ブルネッロに至っては、まとめて射出された水光線を我が身で止め、その逞しい腕が消し飛んでいる。

 それも全ては時間を稼ぐ為。

 二人が稼いだこの時間は積み上げた黄金の様に貴重な時間だ。

 奴の矛先が周囲に向いていたら全滅は避けられなかっただろう。

 何せ蜘蛛脚先から水光線を全方位に放つだけでいいのだ。

 それだけで委縮し動けない人々は為す術なく絶命する。

 奴の注意を引き付ける為とはいえ――

 無謀ともいえる無茶な要請に応じてくれた二人には感謝しかない。

 リアの広範囲転移術で、動けない周囲の兵士や冒険者は皆ズールの領域前に移動していく。また直接動ける気骨のある者や大会参加者らも協力してくれている。

 その中には俺が鍛えたアルベルトやクリストファー、リーガンらの姿があった。

 徹底的に磨き上げた精神はシェラフィータの威容にも屈しなかったらしい。

 二千を超えるその人数を片っ端から皆で領域内に放り込んでいく。

 残像が生じる速さでそれをサポートしているのはシャリスだ。

 獣と化した愛銃で強引に咥えさせ領域へ放り込ませてるセーリャや召喚術を駆使して手助けしているドラナーの姿も見受けられる。

 この調子ならどうにか避難が間に合うだろう。


「先生!」

「おう!」


 俺達に続いて闘気を練り上げた先生が動く。

 もはや後顧の憂いはない。

 何より嬉しい誤算もあった。

 シェラフィータに近づく度にシアの全身が薄く輝き位階障壁に干渉――弱体化を図っている様である。

 勇者の固有能力アビリティ【魔王相克】効果が自動発動しているのだろう。

 これなら近接戦闘で付け入る隙がある。

 決して負けられない戦いの最終章は――こうして開幕を告げるのだった。






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