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【それぞれの戦い】⑥

「せ、先手必勝ぉ!」


 闘技場内にいる者全てが現出したシェラフィータの威容に委縮し動けない中……空気を読まずに特攻を仕掛けるのは【魔女】マドカである。

 若さ故の無謀さと人は言うだろうが、ここまでくればもはや大物の域であろう。

 得意の魔力弾を数十発連続で繰り出すと、その弾幕に紛れ特大の魔術を放つべく高らかに跳躍するが――


「危ない!」

「馬鹿野郎!

 幾ら何でもブッコミ過ぎだ! 【船長命令:拡散分離】!」


 ガリウスとジェクト、両名の叱咤とスキル施行は辛うじて間に合った。

 弾幕の煙が晴れた後、まったくの無傷で静かな相貌を覗かせたシェラフィータは興味なさげに背中の蜘蛛脚先をマドカへ向ける。

 その瞬間、脚先端部に集約されて渦を巻く水。

 ガリウスはそれが自身の【魔現刃マギウスブレード】のある技に似ているのを直観する。

 だからこその【瞳の中の王国】を全力起動。

 ジェクトも海の妖魔、鉄砲鮫が同様の攻撃をしてくる為に反応できた。

 シェラフィータの向けた蜘蛛脚先から光線の様に放たれたのは超圧力が掛けられた水――それは全てを貫く銛と化しマドカの身体を射抜く。

 マドカが幸運だったのは両名のスキル施行が間に合った事、及び事前に【浮上】の効果がその身に及んでいた事だろう。

 そうでなければ被弾した部分から四肢はもげ、無残な屍を晒す羽目になっていたに違いない。

 だが、やはり無傷という訳にはいかない。

 直撃した胴体に魔力防壁を凌駕する損傷を負い轟音と共に観客席に墜落する。


「ぐっ……ごほっ」

「無理に喋るな!

 くそっ、肋骨が複数折れてやがる!」


 駆け寄り介抱するジェクト達も悲壮な顔をする。

 今の刹那の攻防でマドカは急に10歳も老け込んだように憔悴していた。

 いや、ガリウスの解析結果が正しいのなら水に触れた瞬間に老化したのだ。

 加齢という不可避のバッドステータスのみならず、恒常的なエナジードレインをも齎す魔の水。


「これが【神性覚醒】……

 別称【魔王】と呼ばれる個体の持つ脅威……」


 秘中の秘――エリアエンチャントを維持する気力を根こそぎ捥がれたリアは魔杖レヴァリアに寄り縋りながら震え呟く。

 賢者であり魔導学院で知識を学んで博識なリアは知っていた。

 極稀に大陸史に出現する魔王――

 それは神々の封印を免れた弱小魔族の成れの果て、だと。

 渡り歩く依り代が限界に達した時、あるいは強い意志の力を媒介に――

 魔族は恐るべき姿へと変貌する。

 畏怖すべきその名こそ【神性覚醒】であり俗に【魔王】と呼ばれる個体である。

 高位冒険者で対処可能であった段階を遥かに超えた力は凄まじいの一言であり、局地的災害を軽く凌駕する程だ。

 対抗できるのは神託に導かれた【勇者】か、規格外の英雄【七聖】クラス。

 あるいは神殺しの御業を修めた武芸者か神担武具の所持者のみであろう。

 このレベルになると何せ攻撃が効かない。

 先程マドカ見せた魔力弾は並の大型妖魔なら一掃できるほどの威力があった。

 しかし結果としてシェラフィータには傷一つすらない。

 これは高位存在が纏う位階障壁が最早物質化するほどの濃度であるからだ。

 生半可な攻撃はダメージが通らないどころか、反動で自らを傷付ける始末。

 そして何よりも恐ろしいのは存在自体に付与される【畏怖】効果だ。

 年老いたドラゴンの咆哮などに類似したこの力は、別名【魂砕き】とも呼ばれる高レベルの【複合型恐慌】デバフなのである。

 近寄る事はおろか視認しただけで身が竦み錯乱してしまう。

 杖を支軸に周囲を見渡すリア。

 先程まで果敢に戦っていた兵士や冒険者が完全に戦意喪失――どころか地べたに伏して泡を噴いている者もいる。

 しかし失神や心神喪失に陥らず何とか自分達が今こうして健常でいられるのは、未だ懸命に紡がれる聖女二人の調べによる力があるからだ。

 原初の魔法とも称されるその祝祷術はギリギリのところで闘技場にいる皆の命を繋ぎ止めている。

 そうでなければ抵抗値の低い魔獣らがそうなったように自身の存在意義を破壊し陵辱され灰燼と化してしまう。

 とはいえ――このままではマズイ。

 何をする訳でもなく、ただ姿を発現しただけでこの有様。

 先程の水撃といい、本格的に動きだしたらどれほどの犠牲者が出るか――

 

「リア――聞こえるか、リア?」


 恐ろしい想像に我を失い苛まれ様とした時――精神同調しているガリウスの思念が脳裏に響き渡る。

 どっしりとしていて朗らかで……春の日差しの様に暖かな波長。

 いつもと変わらぬ、圧倒的でおっさん的な存在感。

 まるで加齢臭すら漂いそうな密着度と安心感。

 仲間達も如実にそう感じ取ったのだろう。

 自身を含め恐慌状態に落ち掛けた精神が穏やかに凪いでいくのを実感する。


「ん。やはりガリウスは劇薬。

 シアが中毒になるのも理解。

 用法・容量をしっかり守らないとダメ」

「……何の話だ?」

「こちらの話。それで何の用?」

「ああ、現状は見ての通りだ。

 謎の変貌を遂げたシェラフィータの前に総勢が竦み上がっている。

 このままでは多大な犠牲者が出る」

「ん。こちらも今同じことを考えていた」

「ああ。痛ましい事にな。そこでだ」

「?」

「エリアエンチャントの再展開と維持は破棄していい。

 焼け石に水だしな。

 ただ闘技場内の戦力外人員を戦場外へと転移させることは可能か?」

「ん……ちょっと無理」

「やはり難しいか」

「この人数なら魔力的にはギリギリ可能。

 ただ――集団転移は人数でなく距離に比例して消耗が激しくなる。

 今の残存魔力では王都郊外すら無理」

「ん? 確かに距離に比例するんだな?」

「うん」

「なら――ズールが展開している領域近くまでならいけるか?」

「!! それは可能」

「よし、なら早速実行に移すとしよう。

 ――聞いたな、皆!

 辛いとは思うがここが踏ん張りどころだ、もう少し力を貸してくれ!

 展開中の領域は異界と一緒だ。

 そこなら覚醒した魔族――魔王クラスでもおいそれとは手が出せない。

 直接転移するのは出来ないようなので、これからリアが領域前に兵士らを転送させる。手の空いているミズキやカエデ、ルゥにショーちゃんは手荒で構わない……片っ端から領域の中に放り込め!」

「了解!」

「任せてほしいでござる!」

「わん!」

「主のご命令とあらば」

「フィーはそのまま祝祷術を頼む。

 多分アスカとのそれが途切れたら、最悪全員事切れる可能性がある」

「心得ましたわ」

「そしてシア……悪いが」

「分かってるよ、おっさん。

 一緒にヤツに立ち向かうんだね」

「ああ。

 勇者の特性に【魔王相克】というものがある。

 奴の持つあの馬鹿げるほど強固な位階障壁をお前なら少しでも軽減できる筈だ。

 危険なのは承知だが共に前衛を務めてくれ」

「みなまで言うな、だよ。

 おっさんと一緒なら例え火の中水の中、ってね」

「心強いな」

「それで……勝機はあるのか?

 貴様が捨て石になる姿を見たくはないぞ」

「同じくでござる」

「安心しろ、とは言わない。

 ただイゾウ先生の御業と俺の裏技とっておきが合わされば勝ち目はある。

 だからまずは人命救助を優先、その後に魔王討伐だ。いいな!」

「「「「「「「了解!(わん)」」」」」


 ガリウスの言葉に全幅の信頼を寄せて返答する一同。

 微かな希望をその手に掴み取るべく各々が動き出すのだった。


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