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【それぞれの戦い】④


「またくるわよ、ブルネッロ!

 しっかり受け止めなさい!」

「分かっておる!

 吾輩の事はいい、お主も回避に専念しろ!」


 悲鳴にも似たヴィヴィの警告に対しブルネッロは承諾の激励を返す。

 もう幾度目になるか分からない、子爵級魔族【プリンシパリティ】こと、死せる水のシェラフィータの猛攻。

 大蜘蛛の怪異をベースとした巨体に残された6本脚から繰り出される鉤爪の嵐。

 どこで調整したかは不明――だが達人並みの技巧と速度を以て襲い掛かってくるそれらは、さながら激流から押し寄せる波濤を連想させる。

 先んじてガリウスとイゾウにより1本、不意打ちでヴィヴィが脚を斬り落としていなければS級である二人でも捌き切れるかどうか。

 ヴィヴィの左側頭部を貫くべく繰り出された颶風を首を右へと傾かせ緊急回避、同時に右胴体を挟み込むように襲い掛かってきた烈風は膝を脱力させ体を前屈する事でどうにか避け切る。

 しかし無理な回避で態勢を崩した隙を逃すほどシェラフィータは甘くない。

 二本を束ねた前脚が断頭台のようにヴィヴィの首元を狙う。

 そこに割って入るのはブルネッロの鍛え抜かれた肢体である。

 彼は決して筋肉ダルマのマッチョではない。

 ヴィヴィには及ばぬものの機敏に秀でた桃色筋肉の持ち主だ。

 持続力のある赤色筋肉に瞬発性に長じた白色筋肉の両方の特性を兼ね備えたこの筋肉は全冒険者最高とも称されており、兎人族すら超える速さと巨人族すら凌駕する力を以て振り下ろされる前脚を真っ向から受け止めた。だが――

 

「ぬぐおおおおおおおおおお!!」


 一撃で済まないのがシェラフィータの恐ろしさだ。

 一発で駄目なら連撃とばかりに脚を高々と振り上げ振り下ろす。

 耐えるブルネッロの足が床に陥没していき放射状に罅が奔る。

 このままでは、いくら神に愛された肉体でも限界だろう。

 誰もがそう思う時――嫌がらせのように小刻みな斬撃を繰り出していたイゾウとガリウスが、僅かばかり単調になったリズムを縫うように仕掛ける。

 

「そこまでだ、木偶の坊!

 てめえにはたっぷりと刃の味を喰わらせてやるぜ!」

「口上が長いですよ、先生!」


 自らが傷つく事を厭わず、S級二人が盾となり生じた隙を穿つ。

 肌を切り裂く狂風を強引に突破しながらイゾウとガリウスが放ったのは皮肉にも先程シェラフィータがヴィヴィを捉え様とした攻撃と同一のものである。

 左右同時――挟み込まれ一点に負荷の掛かった鉤爪は、衝撃を逃しきれず陥落。

 斬り飛ばされ回転しながら宙を舞う鉤爪。

 これで残りは五本。

 どうにか勝機が見えてきたと皆が喜色を浮かべた矢先――多脚による高速移動で距離を取ったシェラフィータが斬り飛ばされた自身の脚を見る。

 欠けた三本脚……その瞬間、無表情であったシェラフィータの顔が不快に歪む。

 すると残った鉤爪が複雑に動き、印を組み始める。

 斬り飛ばされた鉤爪から零れる青黒い血潮が渦を巻き神秘的な文字を描く。

 苛立ちを抑えたまま呪詛のごとき呟きを漏らすシェラフィータ。


「不快。

 不愉快。

 鬱陶しい。

 目障りなこと、この上なし。

 人族ごときに晒すは真族の恥――なれど屈辱に塗れるよりはマシよ。

 汝らに絶望をもたらす為に耐え忍ぼう」


 この一連の流れを見て取ったイゾウが警鐘を鳴らす。


「まずいぞ、ガリウス。

 あいつこんなところで【覚醒】をおっぱじめる気だ!」

「なんですか、それは!?」

「オレの故郷には封印を免れた下級魔族【禍津神】ってのがいてよ。

 そいつらが追いつめられると――たまに【化ける】んだ」

「つまり!?」

「魔族としての本性を曝け出す、ってことでしょ!

 あたしも直接対峙するのは初めてだけど――

 運悪く遭遇したS級【黄金の夜明け】チームが半壊したって聞いたわ!」

「いずれにせよ、窮地には変わりあるまい」


 最大限警戒する一同の前でシェラフィータが変貌していく。


「とくと見よ――

 我が幽界かくりょの力を……【神性覚醒】」


 魂切るような雄叫びを上げるシェラフィータ。

 その瞬間――世界は変容した。






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